5.幼女と暗部

「めんどくせーことになっちまった」
下忍の頃の口癖を久しぶりに呟きシカマルは小さく舌打ちをした。
もうすぐ日が落ちる。薄暗い森の中、繁みに身を潜めながらシカマルは自分のベストの裾をきゅっと握っている小さな手を見つめた。
「とにかく…お前を安全な場所に届けねーとな」
少女の背をそっと抱き締め、敵の気配を探りながらシカマルは綱手との会話を思い出していた。

「だから俺は暗部になんかなりたくねーって言ってるだろ」
突然五代目火影…綱手に呼び出され暗部への入隊を命じられたシカマルは面食らったように言い返した。
綱手は静かに目を閉じたまま冷たく言い放った。
「これは命令だ、お前に拒否権はない」
「いくら人手不足だからってやる気のない奴にやらせてどうするよ」
シカマルは憮然としながらも冷静に反論しようとした。
ふいに綱手は両目を開けて優しく微笑みながら言った。
「人手不足とかじゃないよ、適性を見た上での判断さ」
綱手は立ち上がりシカマルへと近づいた。
「お前ならやれる」
「………」
そしてポンとシカマルの肩を叩き、付け加えるように耳元で囁いた。
「心配しなくても保険はたーっぷりかけてあるからね」
その時にっこりと笑った綱手の後ろにシカマルは悪魔を見たような気がした。

火影の命令は絶対だ。シカマルは暗部入りを承諾し出来る限り里の力になろうと決めた。
難無く任務をこなすシカマルに周りの人々は綱手の判断は正しかったと改めて思った。当のシカマルも認めざるを得なかった。
奸計や暗殺の類いは綿密な計画をもって行われる。シカマルの立てた計画は抜きん出た成功率を誇り、いつしか部隊長まで任されるようになっていた。

今回の任務は木の葉に入り込んでいたスパイを泳がせ情報元を探ることだった。
信頼のおける人物にのみ声をかけ、偽の情報を持たせたスパイに気づかれぬよう後を追った。
簡単な任務だと思った。
この森に入るまでは。
森に入り数分後には追っていたはずのスパイが消えた。

今回の任務全てが自分を陥れるための罠だと気づいた時、シカマルは既にかつての仲間達に逃げ道をふさがれていた。
とっさに隠形の術を使い姿を隠したものの,時間稼ぎにしかならないことは判っていた。
チャクラの消耗が激しく集中力が持続出来そうにない。
シカマルはふと夕闇に染まる空を見上げた。
(雲はいいよな…)

全ての緊張感が解け、死を意識したその瞬間。

シカマルの目の端に信じられないものが映った。
「…サクラ…?」
見間違えるはずもない薄紅色の髪、それを飾る大きな赤いリボン。翡翠の瞳がシカマルをじっと見つめている。
それは確かに幼少時のサクラだった。いのがその背にかばった小さな少女。
その子供が、この戦場でいきなり目の前に現れたのだ。
頭の中にわき起こったいくつもの疑問を追いやり、シカマルはサクラの手を取った。
全てはこの子供を安全な場所に送り届けてからだ。

暗部幼女

シカマルは目をつぶり焦りながらも、ゆっくり冷静にと自分に言い聞かせながら考えを巡らせた。
敵は四方を固めてはいるが、人数が多いわけではない、どこかに死角が必ずある。倒すことよりまずは逃げることだ。
上か…下か…。
シカマルはすっと目を開けチャクラを練り始めた。
(残っている全てのチャクラを使う)
持っていた巻物の紐を解き、それを広げる。右手の親指に傷をつけ巻物にかざした。
「口寄せの術!」
その言葉と共に巨大な鷹が出現した。

シカマルとサクラは鷹の背に乗り込み一気にその場から飛び去った。眼下に悔しそうな顔が見える。シカマルは苦い思いでそれを見た。
その姿が肉眼で見えなくなった頃、シカマルはようやく緊張を解いた。安堵の息が漏れる。そして隣りにちょこんと座っているサクラを見た。
「お前…」
疑問を投げかけようと言葉を発した瞬間、疲労が押し寄せて来る。
(くそ…チャクラが…切れ…)
倒れ込みそうになる身体をサクラの小さな手が支えた。
サクラの肩に頭を乗せると目をつぶる。
意識が途切れそうになった、その時、サクラがシカマルの頭を優しく撫でながら、
「良く出来ました」
と言った。
(何だ、そりゃ…)
薄れいく意識の中でシカマルは苦笑いをした。

目が覚めた時は病院のベッドの上だった。
「あんた一週間も寝込んで大変だったのよー」
いのとチョウジが見舞いに来てぶつぶつと文句を言った。
そう言いながらも、いのの目元は赤く腫れ上がっている。
(心配かけちまったな)
苦笑しながらも穏やかな気持ちでいのの顔を見る。
「な、何よ?」
「別に…」
ふと見たいのの手元に自分用とは別の花束を見つけた。
「他にも見舞いに行くのか?」
「あ、これ?」
花束を掲げながら、どこか暗い表情をする。よほど大事な人なのだろうか、とシカマルは思った。
「サクラのなんだけど…」
「…え?」
「何かあんたが運びこまれてきた時と同じくらいに倒れちゃって」
いのの言葉にシカマルは右手で目を押さえた。
「そういうことかよ…」

病院の廊下をけだるげに歩く。病室のネームプレートに目当ての名前を見つけシカマルはそのドアを静かに叩いた。
「どうぞ」
思ったよりも元気そうな声に安堵した。
「よお…」
シカマルの顔を見てサクラは上半身をあげようとした。
「いい、そのままで、オレより体力の消耗が激しいだろ」
バツが悪そうに目をそらした。
「対遠方幻術…か?」
「ん…暗部の部隊長以上にはかけることになってるの」
綱手の言葉がよみがえる。

(保険はたーっぷりかけてあるから)

(こういうことかよ)
シカマルはサクラのベッドにゆっくりと腰をかけた。
「無茶すんな…と言いたいところだが正直助かった」
サクラはいつになく殊勝なシカマルの言葉に一瞬面食らった。
「それが幻術隊長の務めですから」
そう言って微笑んだ。
つられてシカマルも微笑を浮かべた。しかしすぐに憮然とした表情で、
「…にしても『良く出来ました』はねえだろ」
と言った。