サイトTOP .. 別館TOP .. コーナーTOP

ベス Bes(仏語:Bès)

古代名:ベス/ギリシア名:ベス/別称・別綴り:−
性別:男性


――――異貌もつ陽気な守り神

主な称号
プントの主人

主な信仰
名前はベサ<守る>という言葉に由来するとされるが、語源的には確定しておらず出自不明。あかんべ。表情とポーズが特徴的なため、すぐに見分けがつく。頭には植物の冠、足は蟹股、口は大きく開かれ、ヒゲがモジャモジャしており、獣の皮を纏っていることが多い。手に持つ道具は、役割に応じて、子守道具(または子供)、楽器、ナイフ、「保護」を意味する文字を象った護符などさまざまだ。子供を抱いているポーズのものも多い。
王権とのかかわりは少なく、むしろ民間で信仰されていた魔よけの神様である。

◆歌と踊り

歌と踊りが好きな、にぎやかしの神様として知られる。自ら楽器を持って踊っている姿で現されることも多い。音楽で邪気をはらっていたという見方もある。また、妊婦と新生児を悪しき霊から守る分娩室の守護者ともされる。これらの役割からデンデラのハトホル神殿に姿が刻まれている。

◆魔よけ

音楽が邪気をはらうという考え方からか、新王国時代には魔よけの神として楽器をナイフに持ち替えた像も多く見られる。ベス神を象ったお守りの小像はたくさん発見されており、剣を持って振り回しているようなものもある。同じ口を大きく開いた表情でも、楽器を持っているときは歌っているように、ナイフを手にしているときは威嚇しているように見えるのが面白い。ファイアンスのベス
ベスへの信仰はキリスト教時代に入るまで続いており、末期王朝時代にはメドゥーサに似た魔よけの顔としても使われるようになる。

王権との関わりは薄いものの、庶民人気からか様々な神と関わりを持っていた。歌や踊りの神としてハトホルと、民衆の守護者としてトゥエリスと、生殖の神としてミンと、戦いの神としてホルスと、など。

エジプトの神としては珍しく正面向きで描かれることが多いが、横向きの絵もなくはない。
実際のところ、護符や魔よけとして使われるため正面向きが都合良かったのだろうと思う。


●色々あって最終的にこうなります

末期王朝時代以降、ベスは「何でもあり」な守り神になっていく。簡単に言うと他の神様や信仰・思想と一まとめに合体させられてしまった。下の図はそんなベスさんの最終形態、RPGのボス戦でいうと変形三段目、現代で喩えるなら セーラー服のネコ耳魔法美少女 みたいな感じ。






神話
・「ベス」という名前のもとに語られた神々は、以下の10柱だとされる。
 アハ、アムアム、ベス、ハイエト、イフティ、メフジェト、メネウ、セゲブ、ソプドゥ、テテテヌ

現在では詳細が分からない神もいるが、末期王朝以降、ベス神の性格が複雑化していたったのは、これら、似た性格を持つ神々が習合していった結果だと考えられる。基本的に民間信仰の神のため、国家神として信仰された神々の神話に登場することがなく、その性格や属性は出土している護符などから判断している部分も多い。


聖域
固有の聖域は無い

DATA

・所有色―
・所有元素―火、土
・参加ユニット―奥さんはベセト
・同一化―特に無し
・神聖動物―特に無し
・装備品―ヘビやヒョウの毛皮を体に巻いていることが多い。ナイフまたはタンバリン等、楽器を所持。あと派手な冠は必須。



【Index】



【周辺国に見る類似図像と起源 〜 ベスとフワワと、時々ゴルゴン。】


エジプトのほかの神々と同じく、ベスの起源については不明な部分が多いが、その容姿ゆえに「アフリカ南部、ピグミー族」が原型となっているのではないか、という説もある。これは、容姿が小人のようであること、毛皮をまとっていること、肌が黒っぽく描かれることなどを根拠とする。また、肩書きとなっている「プントの主人」は、一見して南方由来であるかのように見える。

しかし、ベスに類似する図像は南方ではなくエジプトの東、シリア〜メソポタミアに存在する。このことから「シリア起源説」というものも唱えられた。エジプトと接触する以前の時代のシリア・パルミラ遺跡からベスに似た神像が見つかっていることから、現在では、シリア起源の神とする見方が強くなっている。


似ているとして比較されることが多いのは、メソポタミア神話ではおなじみの存在、「フワワ」である。(アッカド語では「フンババ」だが、古バビロニア語では「フワワ」)フワワさん
ギルガメッシュ(ギルガメシュ)叙事詩に登場する森の守護神で、扱いは神というよりは怪物に近い。主人公のギルガメッシュと親友のエンキドゥが倒す相手である。
この物語はシュメール語のテキストから派生していったと思われ、類似の言語で多くの文書が見つかっている。

この像を片手を上げたポーズ、大きく開かれた口とヒゲ、獣のような耳、さらに腰に巻いたベルトや丸出しの性器などが、エジプトのベス神のもつ特徴に似ている。ページの上のほうにあるベスの図と比べると、表情など雰囲気の類似がなんとなく似ている感じがするのではないだろうか。

フワワもまた、メソポタミアの芸術の中では目立つ、ベス神と同じく特異な存在だ。
多くの場合、顔や体は正面を向けて描かれており、口は大きく開いている(ただし、常に正面向きとは限らない。ベス神と同じく、横向きで描かれることもある)。


前900年ごろのもの

新アッシリア時代の円筒印章


左がギルガメッシュ、右がエンキドゥ。
前二千年ごろの青銅杯の絵

フワワとベスに共通して、顔と体が正面を向いて描かれる理由は、「ガニ股と、大きく開いた口を見せるため」ではなかったかと推測する。ガニ股の人間を書くのに横から描いたのではへっぴり腰に見えてしまうし、大きく開いた口は顔を正面に向けていないと描きにくい。実利的な理由である。


口を大きく開くことについては、フワワ、ベスともに明確な理由がある。
フワワは、その登場するテキスト(以下は標準板より)の中で以下のように述べられている。

香柏の森を保全するため、
エンリルは彼を人々の怖れの的と定めたのだ。
フンババ、その声は洪水、その口は火、その息は死である。
彼は六十ベールの距離からその森のざわめきを聞きつける。
<ギルガメシュ叙事詩/月本昭男 訳/岩波書店>

「その声は洪水、その口は火、その息は死」という表現は、バビロニア語板、アッカド語板にも見られる。フワワは咆哮する守護者なのだ。だから、英雄ギルガメッシュをもビビらせたその声を表現するために、顔は恐ろしくゆがめられ、口は大きく開かれなくてはならない。
フワワは杉の森の守護者であり、ギルガメッシュは杉材を伐採しにきた、いわば自然の破壊者である。この咆哮は森のざわめき、人を寄せ付けない大地の軋みのようなものを表現しているかもしれない。フワワは結局、ギルガメッシュを支援する太陽神シャマシュのもたらした風によって視力を奪われ、打ち倒されてしまうのだが、それは強風が木を倒してしまうさまを連想させる。フワワは森の化身としても理解できる。


対してベスはというと… もともと歌と踊りの神である。歌ったり、踊りながらパフォーマンスをするのに、面白い表情を表現した結果が「あかんべ」などの口を大きく開いたユニークな表情に結びついていったのではないかと思う。
そして、歌や踊りは魔よけにも使われ、神殿の祭儀や冠婚葬祭にも欠かせないものだった。あるいは呪術的な意味を持つものもあったかもしれない。それゆえに、新王国時代以降のベス神は「魔よけの音楽の神」から、「よりアクティブに悪いものと戦う戦いの神」へと変化していく。




ガニ股の理由については、ベスについては「足が短い」=背丈の小さい人種、または小人症にかかった人間がモデル という推測が過去に多くの文献に言及されている。しかしフンババの足はガニ股だが短くないことのほうが多いように見える。(参考として挙げた上図でも、フンババの足はみな長い)
ベス神の場合は確かに足が短いことが多いのだが、その場合は足は獣の足になっていることがあり、下半身がカバになっているエジプト神話の怪物、「アメミット」を連想させる。

こうした差異はあるものの、フワワとベスの間に直接的なつながりがあるかもしれない、とする説は魅力的ではある。
当時も今も、メソポタミアの都市周辺では杉の木は生えない。フワワが守り、ギルガメッシュが欲したような立派な杉を手に入れるには、川をさかのぼった北部か、レバノンのあたりまで行かなくてはならない。レバノン杉といえばエジプトの歴代王たちも求めたもので、古くはクフ王の「太陽の船」にも使われている。ピラミッド時代には既に、レバノンとの物流は確立していた。





エジプト人が杉の森を訪れた時期に、ベスがエジプトにやって来たのならば… あるいは、ベスの姿に変化が起こったならば…、フワワとベスの間に関連を持たせることも出来るのだろう。同じ1つの起源(おそらくシリア)から、エジプトに渡ったものは民衆の守り神ベスとなり、メソポタミアへ行ったものは森の怪物フワワになった。そんな空想をしてみる。


続いて、ベスとゴルゴン(メドゥーサ)についての関連だ。
メドゥーサはギリシャ神話でおなじみだろう。髪の毛が蛇で出来ている醜い姿の女で、その首を見たものは石にかわるとされる。メドゥーサは英雄ペルセウスに討ち取られ、生首を盾につけられた。その首を模した装飾は、魔よけとして家具などにも使われたという。

エジプトの魔よけの神であるベスも、顔の部分が護符として使われた。ただし、これは第三中間期以降の遺物にしか見られない。それ以前は、魔よけの顔といえばハトホル女神(神殿の柱、手鏡の柄など)だった。ゴルゴンは恐ろしい顔をした女だが、ハトホル女神は優しい顔をした女神である。エジプトにおいて、恐ろしげな、威嚇するような顔が魔よけの意味合いを持つようになったのは、エジプトに多くの異民族が流入し、王権が崩れつつあった第三中間期〜末期王朝のあたりだと思われる。


末期王朝時代のベスの顔の護符

プトレマイオス朝時代の顔面ビーズ
(ゴルゴンをあらわすと思われる)

ゴルゴンの影響を受けたのか、末期王朝時代にはベス神の顔が、家具や、クリスタルの護符、ファイアンスの焼き物など多くの身近な品として見られる。ただしベスの全身像も変わらず作られており、基本的なディティールはそれ以前の時代から変わらない。

以上から考えると、ベスはその誕生から一貫して「魔よけ」、人に悪い霊を追い払う民間信仰の神として信仰され、人の身近にある霊として解釈されていたように思われる。
つまり人里はなれた森を守り、自然の代弁者として人と対立する存在であるフワワとは、おそらく別物。

また、髪型や顔は個性的だが、それ自体が恐ろしいとされたわけではない。もともとは全身のポーズや手に持つ道具などで魔よけの意味を成しており、顔だけが使われるようになったのは後々の時代なので、ゴルゴンのような顔だけに意味がある存在とも異なる。

王権との結びつきが弱く、民間で信仰されていたために決まった「これ」という形にならず、時代ごとにフワワやゴルゴンの表現様式に影響を受けながら姿を変化させていった神… ということではないかと思う。

結局のところ、ベス神の由来については「細かい部分や表現の様式には外来の可能性もあるが、属性や性格など神としての本体はエジプト起源と思われる。」という、多くの学者たちが導き出した最も無難な(そして一般的な本に載っている)結論に落ち着くようだ。


<その他の推測>
ベスには「プントの主人」という南方由来を思わせる肩書きがあるが、エジプトの伝承に言うプントは香料、香木を産出する土地で、エチオピアあたりが想定されている。フワワは杉材の森の主だから、特別な木の産地に関連づけられているという意味では共通するかもしれない。香木の産地が、神の出身地をレバノンからプントに変更した結果だとすれば、あるいは、ベスとフワワが起源を同じくする証拠になり得るかもしれない。


【Index】