まずは聞きなれない言葉---「アクィタニア」って地形について話そう。
「スペインのワルテル」って言われてることからも分かるように、ウァルターの国アクィタニアは、だいたいスペインのあたりにある。スペインはフランスの南に位置する。
でも、このアクィタニア、本当はスペインじゃないんだ…。
物語MAPに描いたように、ピレネー山脈のコッチ側。きわどい地点だね。
山を越えないってことは、徒歩で行きやすいということ。
フン族の城から、ライン河を下流に向かって、ウォルムスを越えると、もうかなり近くだな。ウォルムス城を見て、ウァルターが懐かしく思ったのも無理はない。
もう一方、ヒルデグンドの故郷ブルガンディは、フランスのブルターニュ地方のことのようだ。近隣国である。
この「ウァルター物語」は比較的歴史に忠実で、実際にアクィタニアにフン族の急襲があったことや、その時代はフランク族が優勢だったこと、フン族の王がアッティラだったことなどが歴史に倣っているので、記述は見つからなかったがブルターニュもフン族に占拠された地方の一つだったのだろう。
ところで、この物語の中では、ウォルムス城を占めるのはブルグント族ではなくフランク族になっている。書かれた時代が違うからだ。
「ニーベルンゲンの歌」が書かれた時代は13世紀で、作者は、その時点の知識を使って物語を書いている。
しかしウァルター物語はそれよりさらに遡る昔(9世紀ごろ)に書かれたものなので、「ニーベルンゲンの歌」の作者が知っていることを知らなかったり、忘れられてしまったことを知っていたりする可能性がある。何しろ、400年近く違うのだから。
この時点では、「ニーベルンゲンの歌」の、クリエムヒルトとプリュンヒルトの女の争いのモチーフになったかもしれないフランク王国滅亡時のエピソードは起こっていないし、アッティラとともにエッツェル王の原型となったハンガリー国王シュテファンは生まれていない。
9世紀というと、「エッダ」の中でも最も古い作品が書かれたあたりの時代なので、この「ウァルターの歌」が材料としたのは、「エッダ」にも含まれるニーベルンゲン伝説の原型と、実際の歴史におけるフン族王アッティラだけだったのではないだろうか。
ただし、アクィタニアやブルガンディを占領しにいったのは、アッティラ王というわけではない。
ブルグント族がフン族が戦い、敗退するのが437年。残されたブルグントの民が別の場所で新たな都を築くのが5年後の443年。
アッティラは、ヴォルムスをを攻め落としたあと453年に死んでいる。
それから時が流れ6世紀に入って、ブルグント王国がフランク人のメロヴィング王朝に併合されるのが534年。
ブルグント族のかわりにフランク族という名称を用いるからには、作品はブルグント族がフランク人に吸収合併された6世紀以降に、語り継がれていた伝説をもとに作られたことになるが、この時代にフン族を率いていたのは、別の王なのである。
ちなみに、ディートリッヒの原型とされるテオドリク大王は、526年に没している。
「ワルターの歌」の中で、フン族は、もっと東のほうの国を征服し尽くしてからブルグントやアクィタニアに来たことになっているが、だとすると、南東にあるゴート族の国は既に落とされていたことになる。
この物語の王たちが、戦わずに人質を出しているのは、最強の部族だったゴート族が敗れたことで戦いを放棄したからだとも取れる。
この物語の中に流れる歴史の時間では、ディートリッヒはもう戦死していた(はず)…。
何だか、ちょっと切ない。
BACK< 戻る >NEXT