■アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA |
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スキールニルとは、「スキールニルの旅」に登場する、フレイ神の召使である。恋煩い(笑)のフレイのために、かわりに求婚の旅に赴く。それだけではなく、求婚の旅に際して、フレイから「一人で巨人と戦う剣」、「暗くゆらめく炎をこえられる馬」を渡されている。
何かと謎が多く取り沙汰されることも多い、この人物についてひとつ仮説をたててみよう。
まず、彼が謎とされる由縁。
■スキールニルは、ゲルズからの問いかけに対し、自分は「妖精でも、アース神でも、賢いヴァンル神族の子でもない」と、言っている。
では、一体何の種族だったのか。
フレイ神の召使ということは、神に仕えられる存在でなければならない。そして、そもそもゲルズがこう問いかけるからには、巨人か化け物、地下に住む黒い小人たちのような「醜い」姿はしていなかった、むしろ神々や妖精のような「美しい」姿をしていたことが考えられる。(見てハッキリ分る種族では無かった、ということだろう…。)
回答から残る選択肢は、人間か巨人ということになるが、これで”巨人”との説は消える。
一般には、スキールニルは「人間だった」と言われている。私もその説には賛成である。 他に思いつかないというのもあるが…、巨人族が、巨人と戦う剣を持って巨人族の娘を脅しに行くというのは、かなり変だ。それに、人間なら神に仕えられるじゃないか。
半神、なんていう可能性も捨てきれないが、まあ、そこはそれ。
では二番目の謎。
■スキールニルは、単なる召使いなのに単独で活躍する話が存在する。またフレイから全面的に信用されている。
「エッダ」におさめられた話のほとんどが、神々や有名な巨人の名前をつけられている。「オーディンの箴言」「ロキの口論」「ヒュミルの歌」、そうでなければ「リーグ(ヘイムダルの別名)の歌」「グリームニル(オーディンの別名)の歌」。なのにスキールニルには「スキールニルの歌」と、名前のついたエピソードがある。ここから、スキールニルとは誰か、神の別名ではないか? という説も存在する。しかし、それだとすると、先に自ら言った「アース神でも、ヴァン神でもない」との回答が嘘だったことになる。
実は、「エッダ」の中には、神や、それに準ずる有名な人物ではない者の名前がつけられた神話も、存在する。たとえば「ヒュンドラの歌」が、そうだ。ヒュンドラは巨人の巫女である。そう有名ではないし、それほど大きな役割でもないが、この話の中では主人公だ。(まさか「オッタルの歌」と名づけるわけにもいかなかったのだろう。)
ならば、スキールニルの名が冠された話があったとしても、不自然ではないと思う。
次は三番目。この謎が、最も大きい意味を持つ。
■スキールニルが、ゲルズに求婚する際に差し出す「黄金のりんご(若さを象徴)」「ドラウプニルの腕輪(黄金)」といった贈り物は、どこからきたのか。
これらの贈り物はどちらも拒絶され、最後にスキールニルはフレイにもらった剣(力を象徴)で脅しをかけるわけだが、前のふたつは、フレイにもらったものではない。しかも持ち出すことは容易ではない。黄金のりんごは、女神イドゥン(イズン)以外扱えない、神々の若さの源。ドラウプニルの腕輪は、かつてオーディンが、息子バルドルの死体とともに焼かせ、いちど死者の国へ送られたあと、バルドルを迎えにいったオーディンの子・ヘルモーズに渡され、再びこの世に戻ってきたものである。
この両者を自由に扱えるものといったら、神々の父オーディンが連想される。スキールニルというのがオーディンの別名だとしたら、「アース神でも、ヴァン神でもない」し、すべてがしっくりと説明づくように思われる。しかしここに、一つの大きな疑問がある。
スキールニルはもう一箇所、「スノリのエッダ」にも、登場しているのだ。
ロキの息子、フェンリスヴォルフを束縛しようとしたとき、この狼の怪力に耐えうる縄や鎖が存在しなかった。そこで神々は、狼をつなぎ止められるものを作らせるため、フレイの召使・スキールニルを小人たちのもとへ遣わすのである。
まさかオーディンが神々の使いっ走りをするはずはないだろうし、神々だって、オーディンに行って来いなどとは言うまい。
やはりスキールニルは、人間で、フレイ神の召使であったと私は思う。トール神だって、スィアールヴィ(シャールヴィ)という人間の召使を連れている。スキールニルは、スィアールヴィと同じように、人間でありながら、巨人族の国へお供したり神々の世界で仕事をしたりする、特異な存在だったのではないだろうか。
では、その人間がどうして、りんごと腕輪を持っていたのだろう。
黄金のりんごを「ここに持っている」と言っているのだから、スキールニルには、りんごの持ち運びをする能力があった。
そして、その腕輪は自ら九夜ごとに同じ重さの腕輪を生み出す、と言っているのだから、ドラウプニルから生まれた子ドラウプニル(笑)ではなく、大本のドラウプニル本体を持って来ていることになる。
とすると、考えられるのは
・りんごと、りんごを持ち運びする能力は、イドゥンがくれた。
・ドラウプニルは、オーディンがくれた。
ということ。
この両者をはじめ、「スキールニルの旅」冒頭に登場するスカジのような多くの神々が、フレイとゲルズの婚姻を望み、スキールニルに力を貸していたとしたら、どうだろう。スキールニルは、フレイ個人に頼まれたわけではなく、神々の代表者として巨人の館へ来ていたことになる。
だからこそ、これらの贈り物を断ったゲルズに、「オーディンはご立腹です。フレイ神は恨むでしょう。あなたは神々の激しい怒りをこうむったのです」と、言うことが出来たのである。(オーディンはアース神の代表、フレイはヴァン神の代表だから)スキールニルは、剣で脅しただけではなく、神々の権威でも、ゲルズを威嚇したことになる。
と、いうわけで結論として、
「スキールニルは神々(主にフレイ)の使者をつとめる使いっ走りだった」。
…大した正体もなく、読んだまんまの結論に落ち着いてしまったようです。
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余談だが、スキールニルがフレイにもらう「剣」と「馬」は、シグルズが手に入れる「剣」と「馬」に、よく似ている。
馬は炎を越える力を持つ。シグルズの馬グラニもそうである。
そして両者とも、炎を越えた先に待つ乙女に求婚しにゆく。あるいは、スキールニルの伝説は、シグルズの伝説と同じイメージから発生したものかもしれない。
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「スキールニルはフレイの義兄弟?」説
後日思いついた説も追加してみる。
古代北欧では、有力貴族や王侯が自分の子供を養子として出す風習があった。
たとえばエッダの中だと、ブリュンヒルドが叔父のヘイミルの家に預けられてるなど…。サガでも「〜の子はxxのもとで育てられた」という描写が多数見られる。
この養子縁組システムは、養子に出す先は実の親の家より「格下」であることが通例だった。つまり、お預かりして大切に育てます、というシステムだ。で、幼い頃のフレイが、この養子縁組システムによってスキールニルの家で育てられていたのだとすると、「スキールニルはフレイの最も親しい兄弟、かつ臣下」という構図になる。
「幼い時から一緒だった」「兄弟のように気心が知れた仲」というのも、これで説明がつくだろう。
神が人の家で養われることはアリなのか、と思うかもしれないが、北欧神話の神々は「神」と言いながら人間との境界がややアバウトである。戦乙女たちは人間の王の娘でありながら空を翔け、人間の勇士と結婚するし、神々の長オーディンは人間の王女のもとに夜這いに行く。もとは人間や小人でありながら、神々の宴会場に名を連ねる者も多く(たとえばロキの口論の暴騰に出てくるフィマフェングや、トールが連れているスィアールヴィなど)、スキールニルだけが特別とは言えないだろう。