最初に大雑把な資料の年代を挙げてみる。
年表のマス目は100年単位で、一世紀を表している。
そのいちばん左端にある「ゲルマーニア」というのは、ゲルマン民族の暮らしと神話の概要を記した、「最古の文字資料」だ。その時代から、最新にして中核とも言うべき資料=エッダの時代まで、どのくらいの開きがあるのかを視覚的に表したものが、上記の年表だ。
ゲルマーニアは、紀元後98年の成立とされているから、13世紀に成立した散文エッダ(スノリエッダ)からすれば、1000年以上前の文献になる。
このように、「北欧神話資料」というのは、同時代のものではなく、実に様々な時代に散らばっている。
神話は、かつて生きていた人々の信仰なのだから、もちろん時代ごとに変化している。すべての北欧神話資料が完全な繋がるわけではないのは、そもそも資料の年代が違うからだ。時代を隔てたものである以上、それらは、当然のこととして矛盾を含むのである。
それはたとえば、グリム童話の最初の白雪姫と、現代の子供たちが絵本で読む白雪姫と、小説の中の白雪姫と、マンガやアニメのモチーフとして使われる白雪姫が違うような感覚でとらえてもいいだろう。
また、ここで挙げる「神話資料」の大半が、実は歴史や民俗学の目的で書かれたものだというのも相違を生む原因になっている。
信仰として見た場合と、異国人が興味を持ってみた場合、既にその時代が過ぎ去った後の回想として書かれた場合では、視点の中心が変わってくる。
古代北欧の人々は文字を記録には使わず、紙とペンを使う文化を持たなかった。それらはキリスト教の伝来とともにやって来たものであり、文字として書き記された記録というものが、そもそも、「キリスト教化以後につくられたもの」だ。
それゆえ、神話は過去の「歴史」の一部とされ、新たな信仰による解釈が付け加えられたものとなっている。
もちろん、神話を歴史として見た場合と、言い伝えや物語の類として見た時では、ニュアンスが違ってくるものだ。
資料を考える場合、基本として、「書いた人の違い」「書かれた時代の違い」、そして、「書いた人の視点」を。考慮することが必要になってくる。
神話には正しい姿は無く、ただ本来の姿があるのみだ。
同じ北欧神話であっても、解釈の仕方や時代によって姿は異なる。
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なお、ここでは、13世紀以降の「文学」として改良されていったあとの時代の資料は含んでいない。
原型を無くしていく過程での作品については、別コーナー「その他のゲルマン関連伝承」にて。
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北欧神話の流れを汲む、現代の「生きた」伝承についても、エッダの時代から何百年も経っていること、また、地域も北欧ではない(※上に挙げた例はドイツ、オーストリア)ため、北欧神話というくくりには入れず、民俗学の分野に譲ることにする。
ヨーロッパの一部の地域では、フリッグやフレイヤが変化したと思われるホルダ、ペルヒタという女神の祭りといったものが存在していたり、オーディンに豊穣を願う祝詞が伝わっていたり、と、古い時代から受け継がれた神々が、形を変えて息づいている。その信仰の内容は、エッダに代表される、いわゆる「北欧神話」とは、すこしイメージの違ったものとなっているようだ。
現代に生きる北欧神話の神々信仰については、「ヨーロッパ古層の異人たち」(東京書籍)、「ヨーロッパの神と祭り」(早稲田大学出版部)などが詳しい。前者に関しては、旅行記風で写真も多く、さほど難しい内容ではないので、興味のある人は、読んでみてね。