ディートリッヒ伝説-DIETRICH SAGA

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ウォルフディートリッヒ



 ウォルフディートリッヒは、今や師ベルヒテルのもとで立派な若者に成長していた。
 だが、まだ若い。彼には深慮というものが足りなかった。

 背臣サベネの姦計によって宮廷を追い払われた母の姿を見た血気盛んな若者は、僅かな手勢だけを引き連れて、サベネを襲う。
 しかし、今や宮廷を牛耳るサベネの前に、彼らの力ではこの敵を討ち取ることは出来ない。
 退かざるを得なくなったウォルフディートリッヒとその郎党は、難攻不落と言われたリリーンポルテの城に立て篭もる。

 一方、相手が先に手を出したとあって、今や憚ることを知らぬサベネは、大群を率いてこの城を攻め立てた。
 兵たちがよく防ぎ戦うためになかなか攻め落とすことが出来ないが、このまま籠城となれば、いずれ兵糧も尽き、ウォルフディートリッヒたちが敗北することは明らかだった。
 かくて、彼は援軍を求め、単身、城を抜け出すことを決意する。
 多くの者を連れては、城の囲みを抜け出せない。そして、一人で行かせるには、ウォルフディートリッヒより強い者は他にいなかった。

 忠実な臣下ベルヒテルは、主人一人で行かせることにためらいを覚えるが、他に選択肢は無かった。
 戦いが始まってから、三年半。今や命運尽き掛けたこの城から、主人公はひとり、旅に出る。
 行く先は、ロンバルディなるオルトニットの城。彼はまだ、オルトニットが竜との戦いで命を落としたことを知らない。

+++第一の試練

 彼はルーメリアの野にやって来ていた。
 厳しい兵糧攻めに遭っていたこともあり、また、十分な食料など持って出なかったこともあり、悲しいかな、この勇士は空腹だった。
 馬が躓き、よろめくたびに落っこちそうになる。
 と、そこに、ひどく醜い魔女、ラウフ・エルゼが現れた。ベルヒテルが、決して近づいてはならぬと行った女だった。
 髪は細い蛇がからまり、まるでゴルゴンのような容姿をしている。

 ウォルフディートリッヒが空腹なのを知った女は、怪しげな木の根を取り出して、これを舐めれば空腹など消え去る、と言う。まともに馬にも乗れぬほど腹を空かせていたウォルフディートリッヒは、それを受け取ってしまった。
 木の根を舐めると空腹は消えた。
 しかし、これを舐めたものは女を妻としなければならないという。
 ウォルフディートリッヒは仕方なく、「承知した」と答えた。

 するとどうだろう、女にかけられていた呪いは解け、たちまち、美しい姿に変わるではないか。
 彼女は情け深い貴人から、夫婦になるという言葉を受けるまで、醜い姿で荒野を彷徨わねばならぬ宿命にあったのだという。
 この辺りの話は、ガウェイン卿の結婚話と全く同じ展開である。

 ラウフ・エルゼの正体は、トロイの王女ジゲミンネだった。(よりにもよってトロイかよ)
 木の根を舐めたものは、過去を忘れ、愛欲に耽ってしまう。ウォルフディートリッヒは、彼女のとりことなって、館に留まり続けた。何年か経ち、彼女が死んで、木の根の魔法が解けるまで。

 …何てこったい^^;


+++第二の試練

 ここまでで、既に数年、浪費してしまったことになる。
 魔法が解け、自分が何しに城を出てきたのか思い出したウォルフディートリッヒは、大慌て。まっしぐらに駆け出したものの、途中で、ずらりと人間の生首を並べた町を通りかかる。
 これは何だろうといぶかしんで町の人に聞いてみると、町の王・ベリガンは異教徒で、やって来るキリスト教徒を捕らえては、殺して町の外堀にかかげるのだという。

 この時代にはありがちなパターンである。異教徒=野蛮で常識の無い悪役。まあいいや、ツッコミは勘弁してあげよう。

 お約束として、主人公は敬虔なキリスト教徒である。
 こういう場面に遭遇したら、異教徒のワルもんを退治して聴衆を湧かせなくてはならない。
 ウォルフディートリッヒはさっそくベリガンの館を訪れて、短剣投げの勝負を申し込む。
 自分の得意競技での勝負と油断した王は、ざっくりウォルフディートリッヒに殺されて、町は平和になったのだそうだ。めでたしめでたし。

 …しかし、また道草を食ったことには違いない。


+++第三の試練

 そしてようやく、ロンバルディにたどり着いた。
 ここで彼は、頼みにしていたオルトニットが既に竜との戦いで命を落としていたこと、その妻、リーブガルトが、家臣たちに追い払われて寂しい日々を過ごしていることを知る。
 オルトニットの館を訪れたウォルフディートリッヒは、リーブガルトに出会った。
 リーブガルトは、亡き夫の仇を取ってくれると思われるウォルフディートリッヒに出会えたことに喜びを感じ、ウォルフディートリッヒはウォルフディートリッヒで、リーブガルトの面差しに、死んだジゲミンネの姿を見る。

 要するに、一目ぼれだけどお互い前の恋人が忘れられないってことね。^^;

 ろくに話も聞かぬまま、ウォルフディートリッヒは竜退治を約束。
 さっそく山に出かけていくと、そこにはアルベリヒがいて、「絶対に眠ってはいけないぞ」と、忠告を与える。
 しかし、人の話を聞かないのは、英雄の英雄たるゆえんである。
 ウォルフディートリッヒはアッサリ眠ってしまい、竜たちに、巣穴に連れ込まれてしまう。

 すぐに殺されなかったのは、運が良かった。
 お持ち帰りされた後、すぐに目を覚ましたウォルフディートリッヒは、身包みはがされていることに愕然とするものの、すぐに、近くに剣と指輪とが置かれていることに気がついた。亡きオルトニットのものだ。
(※竜が光物を集めるのは、叙事詩のお約束である。竜がどうやって人間の身ぐるみを剥がしているのかは謎だが、とにかく、コレクターなのだ^^;)

 ウォルフディートリッヒは、すぐさま指輪をはめ、剣を振るい、油断していた竜たちを倒した。
 そして、竜の舌を切り取って、城に持ち帰ったのだった。


 ところが、城には既に先に戻っていた者がいて、竜の頭を証拠に、リーブガルトと結婚しようとしていた。
 ウォルフディートリッヒのあとをつけ、竜の頭だけ切り取って先回りし、手柄を横取りしようとしていたのである。
 そこでウォルフディートリッヒは、曲者の前に立ち、その竜の頭には舌はついているか? と、問う。果たして、頭には舌はついていない。彼はふところから竜の舌を取り出して、みなに見せた。

 たくらみは暴かれ、曲者は館から追い出される。
 リーブガルトは、ウォルフディートリッヒの指に、亡き夫の指輪を見る。
 仇を討ち、指輪を持ってきた者を新たな夫とせよ…という、夫の遺言を思い出したリーブガルトは、ウォルフディートリッヒを新たな夫とし、二人は結婚するのだった。
 年齢差があるような気がするが、気にしてはいけない。

+++
 さてウォルフディートリッヒは、オルトニットの国の秩序を取り戻し、政権を把握するために一年の時間を費やした。
 遅いよアンタ、って言いたいけど、援護を頼みに来た国の王様が既に死んでて、自分が王様になっちゃったんだから、まァ、仕方ないといえば仕方ないか…。

 ようやく軍を率いて戻ってきてみれば、既にリリーンポルテの城は攻め落とされた後。
 ベルヒテルとその息子たちはみな捕虜となり、ベルヒテルは既に獄死してしまっていた。(がーん…)
 生き残った息子たちは、今も獄中に囚われたままという。

 怒りに燃えたウォルフディートリッヒは、すぐさまサベネに総攻撃を仕掛けた。
 ロンバルディの王となって戻ってきた彼と、コンスタンチノープルを乗っ取ったサベネと。今や国と国との戦いである。
 結果、破れたのはサベネのほう。サベネは殺されたが、ウォルフディートリッヒは、サベネにそそのかされていた二人の弟たちまでは罰さなかった。
 そして、コンスタンチノープルは弟たちに任せ、自分はロンバルディに戻って、そこをよく治めたという。

 のち、彼はローマに行き、王になったという。
 そういや母上はどうなったんだろう、とか、ベルヒテルの息子たちはちゃんと助けてやったのか、とか、そこらの細かいとこは、考え出すとキリが無いので、とりあえずハッピーエンドだったことにしておきたい。


◎ワンポイント◎

 ウォルフディートリッヒがディートリッヒと同一人物として語られる理由は、
 ・国を追放され、放浪の旅に出る
 ・忠臣・師匠(ディートリッヒはヒルデブラント、ウォルフディートリッヒはベルヒテル)がいる。
 ・最後はローマの王になる
と、いう共通点からだと思われる。
 しかし、両者が異なる点もかなり多い。ディートリッヒの伝説にいくばくかの史実が見られるとに比べて、ウォルフディートリッヒの物語は、より空想的で、他の物語にも見られるモチーフが多く取り入れられている。

 さらに、ディートリッヒの伝説に登場するような、多彩な仲間たちが登場しないことも、差異の一つに挙げられる。
 ウォルフディートリッヒには、サベネの息子たちという仲間がいるが、ディートリッヒの仲間たちほど活躍せず、冒険は、ほとんど一人で行われているのである。




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