No. 100 岡堰

おかぜき

一言メモ 田園地帯を守る治水の要
市 町 村 取手市
東  経 140.03.5.2
北  緯

35.55.41.0


 詳しい地図↓

 

最終更新日:2002.9.23.

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岡堰


水神岬


水神宮


旧岡堰


旧堰と間宮林蔵の像

【ここの概要(歴史、自然など)】

 1630年、徳川幕府がその支配を確立した頃に、伊奈忠治により小貝川の改修工事が行われた。これにより、この周辺の田んぼが開発され、収穫が上がったという。
 今の堰は、ここ十年くらいで改修された新しいもの。周辺には散策コースがあり、駐車場もあったりする。

【行ってみた感想】 2002.6

 ここには、95年、97年、02年に訪れている。訪れるたびに様相が変わっていくところだ。これからしばらくは変わらないだろうが。
 95年当時、既に新しい堰は設置されていたが、古い堰も健在で、堤防の中は草の生えた河川敷が広く広がり、水の流れているところはごくわずかだった。改修工事を説明する看板もあって、当時撮影した動画に入っているのだが、さすがに荒くて読むことができなかった。堰の由来なども説明されていたようだったが…、残念。
 97年には、河川敷を掘り下げる工事の真っ最中であり、立ち入り禁止の領域も結構あった。古い堰はまだあった。
 今年行ったところ、古い堰はすっかりなくなっていた。この堰は戦後に作られたものだったそうだが、なくなったのは残念。ま、維持費もかかるし仕方ないか。そのため、この島はすっかり切り離されてしまった。船でしか行けないのではないだろうか。ここには間宮林蔵の像もあったのだが、どうなったのだろう。
 昔も今も、船に乗った釣り人が見られる。

【看板説明文】

● 藤代町文化財指定史跡 水神岬
  昭和四十八年十一月一日指定
 岡堰にある約一〇〇mの突堤。小貝川を堰して満々と湛えた中に、青松の影をうつした岬は、岡堰の添景として離し難い。
 岡堰は寛永七年(一六三〇)、関東郡代伊奈半十郎忠治によって造われ、上流の福岡堰、下流の豊田堰と共に、関東の三大堰の一つである。
 古くこの岬は、中州など共に水流をじぐざぐにし、堤防を護る役をしていたという。岬の中に水神宮が祭られている。岡堰用水組合では、水神宮のお祭りと共に、上州榛名神社へ代参を立てたことが、江戸時代の記録に残っている。
 山岳信仰の通有性はあるにしても、特に榛名山を選んだのは、山を水源と仰ぐ心であろう。水は二万石の命である。
  昭和六十一年八月
  藤代町教育委員会/文化財保護審議会

【備考】

 関連サイト: 利根川見聞録  取手市藤代商工会  
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