ジョセフ・P・ケネディ JOSEPH PATRIC KENNEDY, SR.(1888-1969)
《主な製作》 *クイーン・ケリー(1929・未完) *トレスパッサー(1929) *陽気な後家さん(1930)
株価操作と酒の密輸入で大儲けしたジョセフ・ケネディが次に向かったのがハリウッドだった。1926年2月、経営難に陥っていたFBO(フィルム・ブッキング・オフィス・オブ・アメリカ)を安値で買収し、自らが社長に納まる。1928年には劇場チェーンKAO(キース・アルビー・オルフェウム)を買収、既に経営権を握っていたRCAと合併することで、MGMやパラマウント等と並ぶメジャー会社RKOを設立する。 ところが、映画のビジネスは彼が思っていたほど儲かるものではなかった。そりゃそうだろう。株式取引とはわけが違う。インサイダー取引が日常だった当時の株式市場では必ず利益が見込めたが、映画の場合はそうは行かない。作る側も観る側も不確定要素が伴う人間なのだ。必ず当たる映画など予想できる筈がない。ケネディはこのことを看過していた。彼は大監督が撮り、大スターが出れば必ず当たると錯覚していた。その結果、生み出されたのが世紀の無駄遣い『クイーン・ケリー』だった。 『クイーン・ケリー』はもともと『沼地(THE SWAMP)』と題されたエリッヒ・フォン・シュトロハイムの持ち込み企画だった。その浪費癖が祟って誰からも相手にされなくなった彼が最後にすがりついたのが新参者のケネディだったというわけだ。 もっとも、ケネディもバカではない。シュトロハイムが金喰い虫であることを十分に承知していた。しかし、名匠であることは間違いない。この男に任せれば必ずや傑作になることだろう。否。傑作でなければならんのだ。ケネディ家の辞書に「失敗」という文字はないのである。そして、彼にはシュトロハイムをコントロールできる自信があった。 主演女優のグロリア・スワンソンにとっても失敗は許されない作品だった。というのも、彼女を「ベッドルーム・ストーリー」と呼ばれる一連の「上流階級の痴話ばなし」で売り出したセシル・B・デミルが『十誠』を機に史劇へ移行してからは、彼女にお声が掛からなくなり、その人気に陰りが見え始めていたからだ。ここらでひとつ起死回生を図りたいところだったのだ。 なお、当時のジョセフ・ケネディとスワンソンは愛人の関係にあった。共に既婚者だったのでダブル不倫である。もっとも、スワンソンの配偶者アンリ・ド・ラ・ファーレス・クドゥレ侯爵も浮気をしまくっていたようなので、別にどおってことなかったのだろう。そもそも、当時の上流階級はそんなもんだったのだ。 さて、こうした三者三様の思惑のもとに製作された『沼地』は、ケネス・アンガーの言葉を借りればこのような話である。 「シュトロハイムが『沼地』で語ろうとしたのは、修道院で育ち、アフリカにある何軒もの売春宿を相続した少女の物語だ。アイルランドの修道院で清らかな生活を送っていた少女が、はやりの売春宿の女主人となる。クライマックスは、死の床についた彼女が、若い好き者の司祭から、最後の儀式を受けるシーン。死姦願望が強く暗示されているところがミソだった」 シュトロハイムは毎日のように台本を書き直していた。そして、いつの間にかケネディのコントロールの及ばないところで、インモラルな内容に改変されてしまったのだ。 シュトロハイムはフェティッシュな性描写を好むことでもハリウッドでは問題視されていた。ケネディはこの点についてもシュトロハイムという男を甘く見ていた。 「グロリアはニューヨークにいる愛人に電話をかけ、こう叫んだ。『ジョー、気狂いが映画を撮ってるわ!』」 かくしてシュトロハイムは解雇された。完全主義者のこの男は、製作開始からすでに1年近くが経とうとしているのに、まだ半分しか撮り終えていなかった。 「ケネディはハリウッドに駆けつけ、興奮してしゃべりまくる愛人と一緒に、混乱した事態の収拾にあたった。まず、タイトルの変更。『沼地』は「クイーン・ケリー』になった(ヒロインが女王のように売春宿のチェーンを支配していたからという、それだけの理由で!)。未完成で、つぎはぎだらけのこの映画は、結局日の目を見なかった。ケネディは80万ドル(当時としては大金)がドブに流れていくのを、なすすべもなく見つめていた」(以上、ケネス・アンガー著『ハリウッド・バビロンII』より) シュトロハイムの映画監督としてのキャリアはこれで終わった。スワンソンも汚名を払拭することが出来なかった。しかし、誰よりも痛手を負ったのはケネディだ。なにしろ傑作どころか、完成にも漕ぎ着けなかったのだ。生まれて初めての大失敗である。彼は映画への、そして愛人への興味を急速に失っていく。スワンソン主演の2本のトーキー(いずれも当たらなかった)を製作した後、持ち株をすべて売り渡してハリウッドから完全撤退。もちろんスワンソンともバイバイだ。彼女のために立ち上げた「グロリア・プロダクション」を清算すると、赤字をすべてスワンソンに押しつけた。 ケネディが次に向かったのは、云うまでもないだろうが、政界だった。この頃の彼はまだ、己れが大統領になれると本気で信じていた。
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