ポール・バーンの遺書 |
クララ・ボウと入れ替わるように登場したハリウッドの次世代のセックスシンボルが、「プラチナ・ブロンド」ことジーン・ハーロウである。白く輝くプラチナのような金髪に、まるでアルビノのような白い肌。そして、彼女は「フラッパー」にはない魅力を備えていた。すなわち、豊満なバストである。
20年代の銀幕を象徴していたのは、胸の薄い「フラッパー」の脚線美だった。これに対して、ジーンは野郎どもの視線を胸にまで引き上げた。この功績は大きい。40年代のラナ・ターナー、50年代のマリリン・モンロー等、その後の銀幕は大きなおっぱい花盛り。その傾向は今日も変わりない。その意味でジーンは、現代の「グラマー」イメージの原形と云えよう。
ところで、ジーン・ハーロウと云えば、忘れてならないのが夫ポール・バーンの自殺である。否。自殺であるかも定かではない。その死には謎が多く、いまだ解決をみていないのだ。
1930年、ハワード・ヒューズ監督『地獄の天使』のヒロインに抜擢されて一躍注目されたジーンは、その人気が鰻上りの1932年7月2日、MGMの監督ポール・バーンと電撃結婚。ところが、その2ヶ月の9月5日に、バーンはビヴァリーヒルズの豪邸で無惨な姿で発見された。
バーンは自宅の浴室で、こめかみを傍らに転がる38口径で撃ち抜かれて、全裸のままで倒れていた。それはジーンが実家を訪問中の出来事だった。
バーンの残した遺書がスキャンダルに拍車をかけた。
「最愛の人へ。私が犯した恐ろしい過ちを償い、忌わしい屈辱を拭うには、残念ながらこの道しかない。愛している。
昨夜のことは、ほんの冗談だったんだ」
(Dearest Dear, Unfortuately this is the only way to make good the frightful wrong I have done you and to wipe out my abject humiliation, I Love you. Paul
You understand that last night was only a comedy)
「昨夜のこと」とは何なのだろうと人々は口々に噂した。その挙げ句に行き着いた結論は、とても猥褻なものだった。
1. 性的不能説
どうやらバーンには性的な問題があり、新婦を満足させることが出来なかった。その雪辱戦がその夜に行われた。バーンは張り形を腰にくくりつけてことに及ぼうとした。ところが、それをジーンに嘲笑されて、恥ずかしさのあまりに自殺した。
この説は巷では定説となっている。しかし、バーンは以前にも数多の女優と浮名を流している。彼が性的不能だったとは到底考えられない。
そこで浮上するのが次の説である。
2. 三角関係説
これは後に確認された事実だが、バーンにはドロシー・ミレットという内縁の妻がいた。彼女は精神を患い、コネチカットの診療所で療養中だった。退院して初めて愛しい人の結婚を知る。カッとなった彼女はバーン邸でひと暴れ。ジーンは泣きながら母のもとへと逃げ出した。一巻の終わりを悟ったバーンはこめかみを撃ち抜く。ドロシーも2日後に、川に身を投げている。
この説はかなり信憑性が高い。しかし、バーンが全裸で死んでいた事を合理的に説明できない。全裸で自殺する者はあまりいないだろう。
そこで浮上するのが次の説である。
3. 殺人説
かつてMGMでプロデューサーをしていたサミュエル・マルクスは、自著の『DEADLY ILLUSIONS』の中で、バーンは入浴中にドロシー・ミレットに殺害されたのだと主張している。
では、「遺書」は何だったのか?。
それは確かにバーンの筆によるものだった。しかし、遺書ではなかった。数週間前に夫婦喧嘩をした翌日に、お詫びのバラの花束に添えた詫び状に過ぎなかったのだ。
それがどうして現場にあったのか?。MGMのプロデューサー、アーヴィング・サルバーグがそこに置いたからだ。実はMGM側は警察が通報を受ける前に現場に駆けつけていた。マルクスもその一人だ。そして、サルバーグがいろいろといじくり回しているところを目撃していたのだ。つまり、ドル箱スターを三角関係のスキャンダルから守るために、社長のルイス・B・メイヤーの命令で、バーンを性的不能者に仕立てて、自殺を偽装したのである。
おそらくこれが真相に近いのだろう。
ところで、渦中の人ジーン・ハーロウは、バーンの死から5年後の37年6月7日、腎臓疾患のために急逝した。バーンの性的不能を信じてた人々は口々に噂した。曰く、
「嘲笑されたバーンはジーンの腹部を殴打した。それが原因でジーンは腎臓を傷めて寿命を縮めた」
しかし、真相はこうである。ジーンの母親はクリスチャン・サイエンスの信者だった。そして、信仰上の理由から、ジーンも医者にかかることを一切拒否した。
彼女の腎臓を痛めたのはバーンだったのかも知れないが、その死を早めたのは彼女の信仰心だったのだ。
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