エリック・ボレル
エリック・ボレルは１９７８年１２月１１日、フランス南西部のポーで生まれた。両親は共に軍人だった。
彼が生まれて間もなく両親は離婚し、エリックはリモージュで暮らす父親の両親に預けられた。そして、５歳の時に再婚した母親に引き取られた。母親の再婚相手もまた軍人で、エリックは義父の連れ子と共にフランス南東部のソリエス＝ポンで暮らすことになった。
報道によれば、エリックの母親は狂信的なカトリック信者で、幼い彼は「罪深き子」と看做されて、毎日のように叩かれて育ったという。義父からも機会あるごとに殴られていたとの証言もある。そんなわけだから、エリックは極めて内向的で寡黙な少年に成長した。友人は一人もいなかった。
ハイスクールに上がる頃には何人かの友人が出来た。そして、そのうちの一人にこのように打ち明けた。
「俺、自殺しようと思うんだ。だけど、その前に何人か殺すつもりだ」
その１週間後に事件は起きた。当時のエリックは僅か１６歳だった。
１９９５年９月２３日午後６時頃、エリックはまず義父のイヴ・ビッシェを２２口径のライフル銃で射殺した。４発も撃たれていたというから、よほど憎かったのだろう。エリックは８歳の時に家出を試みている。この家が嫌で嫌で堪らなかったのだ。
次いで、エリックは弟のジャン＝イヴ・ビッシェ（１１）を射殺した。彼は居間でテレビを観ているところだった。
母親のマリー＝ジェンヌ・ビッシェが教会から帰宅したのは午後８時３０分頃のことだった。エリックは躊躇することなく、その顔面を撃ち抜いた。
自殺する前に「何人か殺すつもりだ」とは、このことを意味していたのだろう。家族を殺してやるのだと。ところが、エリックはまだ死ななかった。バッグに金や食料、弾丸を詰め込むと、５ｋｍほど離れたキュエールへと向かったのである。
ちなみに、一家の遺体が発見されたのは深夜の午前１時頃、養父の連れ子であるジャン＝リュック・ビッシェによってだった。久しぶりに学生寮から帰宅した彼は、家族の無残な遺体に出くわした。直ちに警察に通報したわけだが、当初に犯人として疑われたのは彼だった。無理もない。「第一発見者をまず疑うべし」は鉄則である。しかし、その数時間後に真犯人がいることを知る。
「キュエールで無差別にライフルを発砲している若者がいる」
その若者がエリック・ボレルだった。死者は以下の通り。
アラン・ギルメット（１７）
ジネット・ヴィアレット（４８）
ドニ・オットー（７７）
ロドルフ・インコルヴァラ（５９）
マリオ・パギャニ（８１）
モハメド・マーラド（４１）
マリウ・ブドン（５９）
アンドレ・トゥーレ（６２）
アンドレ・コレッタ（６５）
パスカル・ムスタキ（１５）
以上の他にも６人が負傷し、うちの２人が後に病院で死亡した。
ジャンヌ・ロジエロ（６８）
ピエール・マリリアーノ（６８）
合計で１２人、家族も含めれば死者１５人の大惨事である。
キュエールで最初に殺されたアラン・ギルメットは、エリックの数少ない友人の一人だった。午前７時１５分頃、エリックはギルメット家を訪問し、アランとの面会を求めた。２人はしばらく庭で話し合っていた。エリックがアランに何かを求めていたという。ところが、アランはこれに応じなかった。別れを告げて家に戻ろうとしたところを背後から撃たれた。
ちなみに、事件当時は狩猟のシーズンで、ライフル銃を携帯していても誰も怪しまなかった。
その後の犠牲者はいずれも無差別に選ばれた者だった。或る者は散歩中に撃たれた。或る者は窓を開けて深呼吸をしているところを撃たれた。また或る者はＡＴＭ前に並んでいるところを撃たれた。目撃者によれば、エリックに取り乱した様子はなかったという。極めて冷静沈着に、獲物の急所に狙いを定めていたのである。
警官隊がエリックを包囲したのは午前８時頃のことだった。この期に及んでようやく彼は自殺した。急所である頭部を自ら撃ち抜いたのである。
彼がアラン・ギルメットに何を求めたのか？ そして、どうして住民を無差別に殺したのか？ 今となっては知るよしもない。永遠の謎である。
（２０１１年５月１１日／岸田裁月）