以前、或る弁護士がこんなことを云っていた。
「割りが合う犯罪は詐欺か横領。窃盗は割りが合わない」
同じ財産犯でも詐欺や横領は比較的に刑が軽い一方で、窃盗の場合、見咎められた者に暴力を振るえば強盗、相手が負傷すれば強盗致傷、死んでしまえば強盗致死と、どんどんと刑が重くなってしまうのである。我が国の強盗致死は「死刑または無期懲役」。故に弁護士の立場からすれば、窃盗はあまりお勧めできないというわけだ。
このジョージ・ラッセルも割が合わなかった1人である。まさか絞首刑になろうとは思いもよらなかったことだろう。
1948年6月初め、ロンドン郊外の小さな町、メイデンヘッドでの出来事である。最初に異変に気づいたのは牛乳配達人だった。毎朝牛乳飲んで元気はつらつのリー夫人(93)が、昨日は牛乳瓶を取り込んでいないのだ。これはおかしい。年も年だし万が一ということもあり得る。直ちに警察に通報した。
誰もが発作か何かで床に倒れている夫人の姿を想像した。ところが、家の中はもぬけの殻。人っ子一人いやしない。ただ広間にぽつんと大きなトランクが置かれているだけである。
「どうしてこんなところにトランクがあるんだ?」
開けてみて仰天した。中には後ろ手に縛られた夫人が押し込められていたのである。息をしていない。死因は「窒息死」だった。トランクに押し込められたために酸欠に陥ったのである。
容疑者は残されていた指紋からすぐに割れた。押し込み強盗の常習犯ジョージ・ラッセルである。やがて逮捕された彼は涙ながらに釈明した。
「ムショ仲間からあの婆さんが小金を貯め込んでるって聞いたんだよ。ところが、これっぽっちも持ってやしねえ。ガセだったんだよ。俺はロクなものを盗んじゃいねえ。まさか酸欠で死ぬなんて思っちゃいねえ。それなのに縛り首ってか? 割が合わねえぢゃねえか」
まったく割が合わない話である。貧乏くじを引いたラッセルは、12月2日に絞首刑に処された。
(2008年6月11日/岸田裁月)
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