1939年夏の或る朝、ワシントン州クレセント湖で2人の釣り人が毛布の包みを引き上げた。よく見ると、人間の脚のようなものが突き出ている。それは漂白したかのように真っ白で、本物の死体か、あるいはマネキン人形なのかは見た目だけでは判らなかった。
検視の結果、それは紛れもなく人間の女性の死体であることが判明した。推定では三十代半ば。湖水が冷たいために、腐敗することなく屍蝋化したのだ。つまり、彼女は石鹸になったのである。
「湖中の女(The Lady in the Lake)」と呼ばれた彼女の身元が判明したのは1942年になってからだ。ハリー・イリングワース。ポートエンジェルスに住んでいた36歳のウェイトレスだった。
彼女が失踪したのは1932年。これは検視に基づく推定死亡日「7年前」と一致する。夫のモンティ・イリングワースは彼女の失踪について知人に「水夫とアラスカに駆け落ちした」と説明していた。しかし、法廷ではそのことを証明することが出来なかった。
かくしてモンティ・イルングワースは第二級殺人で有罪となり、終身刑に処された。
(2007年11月29日/岸田裁月)
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