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アーサー・フォード
Arthur Ford (イギリス)


 

「媚薬」と呼ばれるものには、得てして毒物が含まれている。例えば、砒素やストリキニーネもかつてはバイアグラのように用いられていた。ツチハンミョウ科の甲虫「スパニッシュ・フライ」の粉末もまた然り。この虫に含まれるカンタリジンという成分が尿道の血管を充血させる。この症状が性的興奮と似ているために「媚薬」として用いられていたのだが、実はわずか1gで死に至る猛毒なのだ。かのマルキ・ド・サドも「スパニッシュ・フライ」を売春婦に用い、毒殺したかどで訴追されている。本項の主人公、アーサー・フォードもまた訴追された1人である。

 ロンドンの薬品卸売会社の経営者、アーサー・フォードは2人の子供の良き父親だったが、27歳のタイピスト、ベティー・グラントをなんとかモノに出来ないものかと思案していた。そんな折り、従軍時代に同僚から聞いた「スパニッシュ・フライ」なる「媚薬」のことを思い出す。早速調べてみると「主成分はカンタリジン」。カンタリジンならうちの倉庫にあるじゃないか! アーサーは社長の権限を悪用して、在庫のすべてを着服する。念のために化学主任のリチャード・ラッシントンに効き目を訊ねる。

「カンタリジン? たしかに媚薬として用いられることはありますけど、でもあれは猛毒ですよ」

 ところが、ただただヤリたい一心の社長は聞く耳を持たなかった。1954年4月26日、ココナッツ菓子を一袋買い求めた社長は「媚薬」を混入。愛しいベティーと、同じくタイピストのジューン・マリンズに分け与えた。そして己れも口にした。さあ、これで今宵は楽しくなるぞ! ぶくぶくぶくぶく。3名はたちどころに意識不明の重体に陥り、社長のアーサーはどうにか命と取り留めたものの、ベティーとジューンはそのまま息を引き取る。楽しくなるどころかお通夜となってしまった。

 殺意がなかったことが認められたアーサー・フォードは5年の刑に留まる。しかし、猛毒であることの認識はあってわけで、5年はやや軽過ぎる。社長が馬鹿だと従業員は殺される。諸君も気をつけたまえ。

(2008年7月23日/岸田裁月) 


参考文献

『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)


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