現職大蔵大臣の奥さまによる殺人事件だが、驚くべき幸運により無罪放免となった。こんな嘘のような話が現実にあるのだ。
急進党所属の議員であるジョセフ・カイヨーは、大蔵大臣に就任するや所得税への累進課税の導入を図った。これに対して保守系の代表的な新聞『フィガロ』は猛反対し、カイヨーの退陣に向けた中傷を始めた。前夫人の協力の下、現夫人のアンリエットによる略奪愛を暴露したのである。
1914年3月16日、『フィガロ』朝刊の第一面にカイヨーがアンリエットに送った恋文がでかでかと載った。それを見て真っ青になったアンリエットは、慌てて書斎に走るが、カイヨーはもう出掛けた後だった。護身用の拳銃がなくなっている。
「あの人、編集長とやり合うつもりじゃないかしら」
引き止めなければとアンリエットは自らも拳銃を買い求めて『フィガロ』社へと向った。そして、編集長のガストン・カルメットに面会、激しく云い争った末に6発の銃弾が発射されたのである。カルメットは即死だった。
世間の眼は当然にアンリエットに冷たく、カイヨーは国賊呼ばわりされた。
ところが、カルメットが反フランスのプロパガンダに関わっていたことが判明すると事態は一変した。陪審員は全員一致で無罪を評決し、アンリエットは一躍「愛国的な暗殺者」に奉られてしまったのだ。世の中はどう転ぶか判らない。人間、諦めないことが肝心だ。
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