涙ながらに罪を認めるビアンキ
ヴェロニカ・コンプトン
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1979年10月19日、ビアンキの精神鑑定に関する審問が開かれた。弁護側の精神鑑定人は多重人格を主張したが、オルム博士はそれを否定した。判事の心証も否定的だった。そこで司法取引が行われた。ビアンキは罪を認めて共犯証言をする。その代わりに死刑にはせずに終身刑に留める。つまり、ビアンキはアニキを売って己れの命を買ったのである。
ビアンキは涙ながらに罪を認めたが、その数分後、別室でくつろぐ彼は笑顔を見せていたという。ホラ吹きビアンキの作戦は、まだまだ終わっていなかった。
1979年10月22日、ビアンキの証言を受けて、アンジェロ・ブオーノが起訴された。
ところが、ビアンキは再びギャーギャー騒ぎ始めた。司法取引に応じたのは命が惜しかったからで、本当は無実なのだと主張し始めたのである。ならば流した涙は何なんだ? 往生際の悪さ、ここに極まれり、という感じである。ブオーノの裁判においても、矛盾する証言を繰り返し、新事実をつけ加え、すぐにそれを撤回したりと、ホラ吹きの天分を遺憾なく発揮した。
極めつけはヴェロニカ・コンプトンの件である。有名な連続殺人犯には「グルーピー」がつくものだが、ヴェロニカもその1人だった。彼女と手紙で接触したビアンキは、恐るべきことを依頼した。なんと、誰でもいいから適当な女を絞殺するように頼んだのだ。つまり「『ヒルサイド・ストラングラー』は僕じゃない。他にいるよ」ということを擬装しようとしたのである。また、この女もこの女で、頼まれるままに実行したのだから頭が痛い。結局、企みは未遂に終わり、ヴェロニカは逮捕されて、終身刑を宣告された。
(ヴェロニカ・コンプトンについては別項で詳述する。面白い女である)
さて、ここで更にトンデモない事態が発生する。ビアンキの攪乱作戦に嫌気がさしたロジャー・ケリー検事補がなんと「ブオーノの起訴を取り下げたい」などと泣き言を云い出したのである。異例中の異例の事態である。ビアンキの「グダグダ大作戦」は成功したかに思われた。
ところが、ジョージ判事は取り下げを認めなかった。判事はビアンキの供述の矛盾点ではなく、隠れた一貫性に注目した。裁判を攪乱し、無罪放免になろうとする一貫した意図である。そして、このことを陪審員に問おうと考えたのである。陪審員にはビアンキの証言には頻繁に嘘が介在することを予告し、既に録音されている供述を事前に聞かせた。その上で、ビアンキには、これ以上嘘をつくと司法取引が無効になる旨を云い渡した。「グダグダ大作戦」を阻止するためには、これ以外に方法がなかった。
長い長いグダグダ裁判は終わった。ブオーノは有罪となり、量刑はビアンキに合わせて終身刑とされた。
共に十分に異常な2人ではあった。しかし、そんな彼らも出会っていなければ、殺人を犯すことはなかっただろう。ブオーノはポン引きどまりだろうし、ビアンキはせいぜい詐欺師である。アニキは弟分にデカい顔をするために人を殺し、弟分はそんなアニキに憧れて片棒を担いだ。そして、殺人そのものに魅せられて行った。相乗作用により殺人鬼を生み出したのであり、彼らは2人で1人のバロロ〜ムなのである。
なお、ブオーノは2002年9月21日に獄死した。
ビアンキは、まだまだ健在である。
さて、最後にこぼれ話を一つ。ピーター・ローレの娘が彼らに襲われかけたという話である。
ポン引き稼業が軌道に乗り始めた矢先に家出少女に逃げられた2人は、代わりの女を誘拐するべく、路上の女を呼び止めた。ロス市警のバッチをちらつかせたビアンキが身分証明書の提示を求めると、名前の欄にはキャサリン・ローレ。一緒に見せられたのがピーター・ローレの写真だった。
映画マニアならば御存知かと思うが、ローレはペーター・キュルテンの事件をモチーフにした映画『M』の連続殺人犯役で有名になった俳優である。有名人の娘を誘拐すると大事になると思った2人は、その場で彼女を解放した。
なんだかゾッとする話である。
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