「I have a problem. I'm a cannibal.」
このシンプルだが衝撃的な一言ゆえにスタンレー・ディーン・ベイカーは犯罪史に名を残すことになった。彼はどうして人を食べたのか? おそらく彼はこう答えるだろう。
「Because I'm a cannibal.」
1970年7月11日、日曜ののどかな午後、モンタナ州イエローストーン川で釣り人が男性の死体を発見した。駆けつけた警察は死体の状況に身震いした。頭と両腕、膝から下がないのである。腹部や胸部はめった刺しにされ、特に胸部には大きな穴が開き、心臓がえぐり出されていた。
翌日の朝、警察は22歳のジェイムス・シュロッサーという男性の失踪届けを受け取った。彼は金曜日の午後にイエローストーン国立公園に出掛けたまま行方不明だという。被害者である可能性が高い。警察は彼が乗っていたスポーツカーの捜索を始めた。
まさにその頃、同車はカリフォルニア州モンタレーで事故を起こしていた。小型トラックと正面衝突したのだ。スポーツカーには2人の男が乗っていた。風体から明らかにヒッピーである。トラックの運転手は、とりあえず事故報告しようと近くのガソリンスタンドに向かうと、ヒッピーたちは森の中へと走り去った。
30分後、事故車は被害者のものであることが確認された。やがてヒッピーたちが逮捕された。身体検査をすると、ブロンドの方のポケットから骨が出てきた。これは何だと尋ねると、
「人間の指だよ」
はあ?
「俺にはちょっと問題があるんだ。人喰いなんだよ」
彼の名前はスタンレー・ディーン・ベイカー。23歳のプー太郎だ。所持品はLSDと『サタンのバイブル』という悪魔崇拝のペーパーバックという筋金入りのヒッピーである。
シュロッサーが殺されたのは金曜日の晩のことである。ヒッチハイクをしていたベイカーを乗せたシュロッサーはキャンプ場へと向かったが、いずれも満杯。仕方がないのでイエローストーン川の岸辺でキャンプを張ることにした。
その晩に何があったのか、具体的なことは判らないが、とにかく、LSDを服用したベイカーはシュロッサーの頭に22口径を2発撃ち込み、ナイフで滅多刺しにした。そして、頭と両腕、両脚を切断し、心臓をえぐり出した。それをどうしたと訊かれてベイカーは答えた。
「食べたよ。生で」
死体と拳銃を川に捨てたベイカーは、シュロッサーの車で現場を離れた。そして連れのヒッピーを拾い、事故を起こしたというのだ。
ベイカーはどうしてシュロッサーを食べたのか?
「ラリってたから」では説明できない難問である。この点、『カニバリズム』の著者、ブライアン・マリナーはこのように分析している。
「ニューギニアなどの人食い人種の研究から明らかなように、人食い行為は、消化と排泄による被害者への完全支配や徹底的侮辱を意味している。
社会からはみ出た、職もないヒッピーであるベイカーにとって、大学出でスポーツカーを乗り回し、高価なキャンプ用品を持ったシュロッサーは、体制内で成功した立派な人物に見えたかも知れない。つまりシュロッサーはベイカーがなれなかったもの全ての象徴であり、自分自身の失敗を映し出す鏡だった。
そうだとすると、羨望が犯行の動機となるだろう」
あいつは立派なエリートで、おいらはしがない人喰い人種。嘆き節で殺されて、喰われる方としてはたまったものではない。
なお、ベイカーは有罪となったが、6年後に仮釈放された。極めて寛大なる措置だと云えよう。
|