シンナー遊び?
LAST UPDATE2001-02-26 11:07

 秋の日差しが講堂の窓を通して床に差し込んでいた。7歳の俺は小学一年生。一年一組男子は窓際に列をなして座っていた。夏休み明けの一年生の学年集会だったのだろう。前に立った先生はこう言った。

「みなさんのなかで、シンナー遊びをしたことがある人は手を挙げなさい」

 ところで俺は、そのころプラモデル作りをよくしていたが、小さいセメダインはすぐ固まったりで厄介だったし、また俺はお祖母ちゃんゆずりのもったいながりで、小さなセメダインはさらのままとっておいて、大きなボンドを使っていた。それで、鼻の穴にはいつも黄色い鼻くそがつまっていて、母親にそれは「ボンドのシンナーという成分が原因だ」(?)と聞かされていた。

 さて、小学校低学年のころは、授業中「ハイ、ハイ」と言ってみんな手を挙げたものだし、俺も必ずといっていいほど手を挙げていたと思う。体育館で7歳の俺は考えた。
 先生が言っている「シンナー遊び」は、どうもよく分からないが「悪いこと」のようで、プラモデル作りにボンドを使うこととは違うようだ。でも、シンナーによって黄色い鼻くそが詰まっているし、プラモデル作りはどう考えたって遊びだ。俺は手を挙げなければいけないだろうか。

 やはりここで手を挙げないのは卑怯だ。俺は卑怯なのは嫌だ。

 恐る恐る右手を挙げた。手を挙げたのは俺一人だった。そして、その時・・・・。
 その時の事が忘れられない。そして俺のその後にとんでもない影響を及ぼした。 先生はこう叫んだ。学年のみんなに聞こえよがしだった。

「なんでも手ェ挙げたらええと思て!」

俺はふるえた。あんまりだ。俺は知ったかぶりをして、手を挙げたんじゃない。友達が俺を見てるじゃないか。

あいつは、知ったかぶりのええかっこしいや」

誰も口には出さないが、そう思ったに違いないと感じた。どうしてなんだ。抗議はしなかった。できなかった。その後は、からだを固めて、窓から差し込む陽の光を見つめ続けていたことしか覚えていない。きっと先生は、俺を無視して「シンナー遊びは危険ですよ」とか何とか話したのだろう。

 教師というものに対する無条件の崇拝にも似た信頼感が、窓際に膝を抱えて座っていた7歳2ヶ月の俺の中で、みるみる消えていのがわかった。

あの先生の一言は、「あの子は、本当はシンナー遊びなんかやってないのよ」と、俺を救ってくれた一言だったのかもしれない、と思えるようになったのは、20年ほどたってからだった。

でも、あの時の、秋の日差しを受ける講堂の床は30年たった今も忘れない。

(2000/12/17加筆)