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日々日常の在日外国人教育にかかわる実践課題を整理し、どのようにしたらもっと取り組めるのか、新たに取り組むべき課題には何があるのか、一教員として考えてみたい。 |
まだ教員になりたての頃、金井英樹さんに日朝関係史の講演をしてもらった時、「この人は実にいろんなことを知ってるようだから一つ聞いてみよう、と質問したことがある。少し前に、プロ野球の張本選手に関わる「ある手紙の問いかけ」という教材を扱ったのだが、「いやなら帰れ」という感想文が多かったことをぶつけてみた。さぞやたくさんの対応策を教えてくれることだろうと思っていたのに、全く違う答えが返ってきた。「ほんであんたは何してん?」知る人ぞ知る金井氏の切り返しである。一瞬、ムカッとしたのだが、次の瞬間には感動してしまった。実践という次元で受け止めてはいなかったことを、その一言が指弾してくれた。豊富な知識よりも、もっと大切なものを、この時知らしめていただいたと思っている。■3.本名(民族名)入学のために■
◇拙文「子ども達の成長と僕ら側の変容」〜「ならヒューライツニュース61」(2002年8月号,奈良人権・部落解放研究所[なら ヒューライツステーション])
【各国語で祝辞】 |
「日本籍外国人」「在日日本人」という概念の定着が、多文化共生社会を作る条件になると思われるからです。「日本国籍を取得(いわゆる「帰化」)したからといって外国人でなくなった」と言ってしまってほしくないのです。以前は、日本籍外国人生徒への取組は二の次という観がありました。やはり、それではいけないと思います。また、「『帰化』申請を出しているから」と、関わりを拒もうとされる保護者もおられます。「帰化」申請者に対する行政の脅迫めいた「指導」が、教員の取組を遠ざけようとする面もあるでしょう。しかし、考えてみれば、日本籍外国人生徒や日本国籍取得生徒こそが最もアイデンティティの悩みを持つはずです。そして今や、新生児の35人に1人はダブルであり、どのクラスにもダブルの生徒がいるという時代になりつつあり、その子ども達はかなりの割合で日本国籍が選択されるでしょうから、日本籍外国人生徒への取組は、今後ますます重要な課題となるはずです。
日本国籍を取得しても、外国人としての誇りをもっていてほしいし、周りの日本人も日本籍外国人のそうした意識を否定すべきではなく、むしろ称えるべきではないかと思うのです。記事の末尾に「民族的・文化的多様性がもたらす良さを期待すべきである」とありますが、これは国会に限らず、日本という国のさまざまな場面にも当てはまるし、日本国籍を取得する(取得した)子どもたちのアイデンティティにも関わる大問題だと考えます。
◇拙文「『元外国人』という表記に違和感を感じる」〜「週刊金曜日401[投書]」(2002.3.1)
Aさんと登録に関して話していき、私が付き添うことになっていたのですが、当日になって「先生に悪いから一人で行きます」と言ってきました。ただ単に遠慮しているように見えましたが、そう言い張るので、放課後一人で行かせました。でも私はこっそり市役所の前で待っていました。忘れた印鑑を持参し駅前で彼女をひろったオモニの車が来て、Aさんだけが市役所に入って行きました。私はオモニに挨拶すると、「仕事着でみっともないから、車で待っててと言われたんです」ということなので、「オモニもついて行きたいでしょう?一緒に行きましょう」と誘い、二人で市役所に入って行きました。のんきなAさんもさすがに緊張していて、写真のサイズのことで注意されたときもオモニの「それでいけるはずですよ」という一言がなければパニックに陥っていたでしょう。窓口の職員はしっかり研修しているようで、配慮の行き届いた応対でした。オモニの車の中で身内の話やら色々聞かせてもらいました。最近も三者面談の際、オモニたちを社会科準備室に招きいろいろ話を聞かせてもらったりしましたが、このオモニは彼女の弟の中学校の卒業式にはチマチョゴリで出席したり、・・・・また、実際に指紋押捺拒否の取組に発展したこともありました。
◇拙文「朝文研をめざして」(1994.2,県外教への活動報告文)
Bくんは韓国籍のアボジと日本人の母親をもつ3年生の男の子です。1年生の時、全朝教奈良大会の当日会場まで来て、ソダンの高校生たちのサムルノリを観ています。
Bくんは指紋押捺を拒否すると言い出しました。3月末生まれのBくんは期限ぎりぎりに役所へ行くということで、高2の4月に話をつめていきました。「やっぱりおかしいから拒否したい」という率直な思いでした。それがどういう意味を持つのか、どんな決意を持って欲しいかを語り、また「アボジともよく相談するように」と話しました。母親の話では、「アボジと話して欲しいが仕事が忙しくなかなか会えませんよ」ということで、出張で飛び回っておられるアボジと、互いの暇を見つけては電話連絡で話をしていきました。「指紋なんかを超越したところで生きてくれればいいんだ」、とこれはアボジ自身の外登法への思いであったように思います。そして、「息子の気持ちはよく解るが、親として将来『帰化』する場合のことも考えてやっておきたい」という考えをされていました。仕事で銀行から金を借りるのも困難があるということでした。6月から外登法「改正」の移行期間に入るのでなんとかごまかしてすべりこめそうだ、ということで登録を遅滞させていました。しかし、息子には民族の自覚を持って生きていって欲しいが、生活上の理由で「帰化」の必要に迫られるかもしれないので、その場合不利になるのではないかとアボジは心配されました。これには考えさせられました。私は、「帰化」して欲しくないと言いたいところですが、アボジの親としての気持ちも否定できない。結局、本人の今の気持ちを十分に考えて判断してやって欲しい、と言うことしかできませんでした。Aくんは「指紋を押します」と私に言いに来ました。でも本当はおかしいことで、民族としての誇りは持って生きて行くという決意でした。これはアボジに押しきられたな、と感じましたが、彼らが出した結論に私も従いました。
6月になっていました。私を含む同教部員2名・Bくん・母親の4人で市役所に行った時のことです。市職労にも話を回してもらっていて、本人の意志を尊重して扱ってもらえるようにしていたのですが、「パスポートを出してください」・「いつから日本にいるのですか」などという、全くわけの分からない応対で、これだけ社会問題になっていることの当の現場の無知さに拍子抜けしたものです。つまらない押し問答の末、やっと慣れた職員が応対してくれました。開口一番「押捺拒否されますか」には驚きましたが、市職労から話を聞いている人だったんだと思います。ところが、手続きを終えると「登録してもらって嬉しいですわ」と言うのです。カチンときました。私は、「これは個人的に言いますが」と前置きし、カウンター越しに抗議しました。「これがうれしいことなんですか」「いえいえ問題だとは思っています」「じゃあ組合かなんかで取り組んでおられるんですか」「・・・・いえ何も」。その後、役所前の喫茶店で母親も怒っておられました。
Bくんは推薦入試後、現在も受験勉強中です。9月にもった校内在日朝鮮人高校生交流会でも積極的な姿勢を見せてくれ、卒業までの間に下級生に対し、いい役をこなしてくれることを願っています。
◇前出 拙文「朝文研をめざして」(1994.2,県外教への活動報告文)
学級担任に付き添って、「新渡日」の中国籍生徒の家庭訪問をしたが、担任はなかなか在日であることに触れようとしない。初対面の父親に遠慮していたようだ。で、僕から切り出した。母親よりは日本語が上手だが、それでもたどたどしい発音の父親は、来日してから苦労なく暮らせる日本はすばらしいと繰り返した。「では何故、表札は日本名なんですか?」との僕の問いかけに、しばらく言葉を詰まらせた父親は一転して、来日してから転職を繰り返して、辛い日々を過ごしたことを語ってくれた。黙って正座して父親の話を聞いていた娘は、自分の本名の文字は知っていても、発音は知らなかった。発音を教えてやってくれと告げたときの父親の顔が忘れられない。自分の名前も発音できないのか、という悲しみと、おまえの名前はこう発音するんだよ、という誇らしげな表情が入り交じっていた。そしてそれまでのたどたどしい日本語と対照的な美しく自信にみちた中国語。こういうことがあるから、やはり家庭訪問は大切です。親の日本語能力や生活はどうなのか、家庭に民族的な「におい」が感じられるか、など生徒の状況や親の願いを把握して、子どもと接することができればなおいいのではないでしょうか。また、オモニや一世のハルモニが子どもと一緒にハングル講座に来ていろんな話をしてくださったりしたこともありましたが、保護者とのつながりは、教員にとっての貴重な研修にもなるものです。現任校でも、まだ会えていない保護者がおり、いろいろと伺いたい話もあります。一升瓶を持って泊りがけの家庭訪問なんてこともは、結婚してからはさすがにしていませんが、家庭訪問はこれからも大事にしたい取組です。
◇前出 拙文「子ども達の成長と僕ら側の変容」〜「ならヒューライツニュース61」(2002年8月号,奈良人権・部落解放研究所[なら ヒューライツステーション])
去年前任校で、世界史とホームルームを連動させて日朝関係史の発表学習をしたんだけどさ、学校でたくさんの資料を買い込んで、調べ学習の時間をかなりとって、生徒たちも結構頑張ってくれたんだ。ところが「日本と朝鮮の本当の歴史に詳しい知り合いがおるねん!」と言い出す生徒がいて、話を聞いてみると、「つくる会」の主張の曖昧な受け売りなんだね。他の生徒の手前、軽く批判してみたんだけれど、「すごく偉い学者も言っているらしい」云々、と言い出すので、「新しい歴史教科書をつくる会」や「自由主義史観研究会」が、いかなる団体で、どんなメンバーで、何が問題かを、これは俺の意見だ、と言いつつも語ってやった。生徒たちも「先生、熱いなぁ」なんて言っていたっけ。当の生徒は、驚いた顔をしていたけれど、その後が良かったね。自分で調べて考える!とばかりに、安重根を調べだして、朝鮮植民地時代の日本による侵略の実態や、朝鮮民衆の怒りを、自分の言葉で噛んで砕いた文章と挿絵で、発表プリントを仕上げてくれたんだね。とっても力作だった。国籍条項に関しては、公務員国籍条項への闘いでマスコミ報道もされた卒業生に聞き取りを行ったりもするなど、生徒個々がかなり主体的に学習に取り組めたのではないかと思います。その結果、「朝鮮人の怒りがよくわかった。他のアジア諸国も同じである」「またやりたい」など、生徒の感想も好評でした。
◇拙文「あれじゃ『右翼皇国史観教科書』だよ。」〜「季刊Sai第40号(2002.SPRING)」(KMJ(社)大阪国際理解教育研究センター)
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※報告本文語句修正 (2002/9/24) ■3・11・19■ 本名 → 本名(民族名) 《引用文をのぞく》 ■3■ 創氏改名 → 「創氏改名」、100% → 60% ■4■ 外国人登録簿記載事項証明 → 外国人登録原票記載事項証明 オモニの「外国人登録済み書」を → オモニの証明書を ■11■ ハギハッキョに言った → 行った (2002/10/2) ■3■ 子とも達の心に → 子ども達の心に ※資料@語句修正 (2002/9/24) 外国人登録簿記載事項証明 → 外国人登録原票記載事項証明 |