このQuodlibet とは「ごたまぜ」、「寄せ集め」とか、「メドレー」という意味のドイツ語です。
過去の Quodlibet: 2003年 1月
2003年になりました。もう松の内も過ぎてしまいましたので、新年のご挨拶は割愛させて頂きます。本年もよろしくお願い致します。

先日、「春の猟犬」の本番を終えてきました。私の都合で、前日のリハーサルは参加できず、当日は始発の新幹線で駆けつけて、終了後は打ち上げにも参加しないでそのまま特急で職場に帰るという、まさにトンボ帰りの一日でした。もっとゆっくりしたかったのですが、楽しいステージだったので、私は満足しています。

演奏そのものについては、客観的に録音を聞き直してみないと何ともいえませんが、雰囲気は良かったと思います。心配していたのは、プログラムの前の曲の雰囲気を引きずってしまうことだったのですが(前の曲は「フィンランディア」でした)、それも無く、軽快とはいかないまでも明るい雰囲気で曲が開始できたのは良かったと思います。

欲を言えば、というとキリがないのですが、もうちょっとクリアーなフォルテが出せれば良かったと思います。ステージ上だけで音が飽和してしまっていて、楽器同士で響きをうち消してしまっている感じがするところが何カ所かありました。それと、リズムパターンに惑わされて、猪突猛進的な吹き方になってしまっている部分も何カ所か。これは限られた練習時間ではなかなか難しいものがありましたが、色つけや、ニュアンスを合わせるところを、みんなで話をしながら検討できたら良かったと思います。こういう欲は言い出せば本当にキリがないですが、もとをただせば、現役の学生さんたちが、自分たちのコンサートの時間の一部を提供してくれたからできた事。現役の学生さんたちは、自分たちの持ち曲の練習だけでも大変なのに、こういうチャンスを作って、OBにつきあってくれたことには、感謝、です。

ともあれ、なにより指揮が良かった。曲の中の場面転換のところや、新しいパートが入る時に、「次はこんな感じ」という「表情」をあらかじめ顔に出してくれるので、安心して入れました。それに、綺麗に入れたときは、そのパートに向かって頷いてOKをくれたりと、ステージ上では楽しいやりとりがありました。ザッツ(パートの入るタイミング)を出してくれる指揮者はいても、その後のフォロー(良かった、とか、(入りそこねた時は)あれれ?、まぁ次いってみよう、というサイン)までしてくれる指揮というのは、あまり体験できないのですが、指揮をしてくれた先輩は、やっぱり「さすが」でした。

集まった友人たちと話をしていた中で聞いた話ですが、「春の猟犬」は、最近、はやっているのだとか。この曲が流行したのは80年代中盤だと思うのですが、その頃の中学・高校生は、今、30代くらいでしょうか。その人たちが楽器を続けていて、学生時代に演奏していた曲の中から、もう一度やってみたい、という声が挙がってきているのでしょうね。単に「懐かしいから」、という気持ちに加えて、「昔できなかった気持ちを表現してみたい」、という積極的な気持ちが後押しをして、プログラムに入れている人たちが多くおられるのではないでしょうか。やってみたい曲があるから、楽器を続けている、というのは非常に良いモチベーションだと思います。

友人曰く、ステージが終わると、猟犬を吹く機会がなくなってしまうのが寂しいとか。同感です。次に「春の猟犬」を演奏できる機会があるかどうかは分かりませんが、またいつの日かできるといいな、と思います。この曲は永遠に残って欲しい名曲ですね。(2003/1/13)