空想重水惑星

表層性のギンザメと透明な大型甲殻類

 大陸からはるかに離れた外洋は栄養に乏しく、浮遊性藻類の巨大な影が点々とみえるだけだ。どこまでも続く透明な重水は空と溶け合ったようで、藻類はまるで空中に浮かんでいるように見える。そんな中、なにか影のようなはっきりしないものが飛ぶように動いている。表層性の大型のギンザメだ。巨大な眼を動かし、頭部の側線でかすかな圧力の変化も見のがさないように泳いでいく。

 ギンザメのウロコのない銀色の皮膚は、青い熱帯の空やプランクトンにかすんだ重水を反射してその姿を目立たなくしている。これで敵の眼をあざむき、そして自身は獲物を探すのだ。その姿は3億5000万年以上前に現れた時とあまり変化していない。とがった吻部も、切り裂くことに適応した独特な歯もそのままだ。

 そのギンザメはふいに身をひるがえした。口を開閉し、何か透きとおったものを切り裂き、手ごろな大きさの固まりを呑み込む。

 ギンザメが食べたのは数十センチ程度の甲殻類だ。閑散として見える海だが、空気のような重水に透明な身を隠し、あちこちに甲殻類たちがうごめいている。身体はさほど大きくないが、重水の海の支配者は透明な甲殻類たちだ。それは6億年前から変わらないままである。

 ギンザメはまた泳ぎ出す。獲物をさがし、そして警戒も怠らない。深海からあれがくるかもしれないからだ。

 

 備考:

 空想重水惑星、第1段。水、すなわちH2Oは青以外の光を吸収する性質があります。水の中を光が何メートルか進む間に、光はそのかなりな部分が吸収されてしまう。しかし重水はそうではないそうです。そもそも空想重水惑星ってお題が出たのも提案者が重水のこの性質に注目したからですね。地球の海は青く、深海まで光は届かない。ではもしも重水ならどうなるか?。

 もし重水なら海の生態系はまるっきり違ってしまいますよね。深海まで光が差し込むかも知れないし、海のなかは明るく透明なんですから(さらにいうなら地球の気候自体が変化してしまうのでしょう)。

 海の表層に限ってみても透明な重水では敵にも獲物にも遠くから自分の姿が丸見えです。なんらかの方法でカモフラージュしないといけません。重水惑星では海のほとんどの場所で巨大な藻類が浮遊しているという設定なのですが(その理由はおいおい語るとして)、その間をぬって忍び寄るか、あるいは透明化、あるいは外洋性の魚がやるようにヒカリものになって背景に溶け込むことが考えられそうです。

 透明化したのは節足動物。地球の海ではバージェス頁岩を見れば分かるように、何億年も前には節足動物が優勢でした。(その後、頭足類や脊椎動物が大きな遊泳動物では優勢になった(っぽい))。しかし重水惑星では透明化した甲殻類が太古の時代からそのまま海の支配者に収まっているという設定です。とはいえ、節足動物はそんなにでかくなれないのでせいぜい1メートルどまり。大型動物はやはり脊椎動物です。

 脊椎動物で優勢なの地球では条鰭類(アクチノプテリギー)ですが、重水惑星ではギンザメ。ギンザメっていうと普通は貝などを食べる魚で、海底近くに住んでいます。すくなくとも地球の現在の種類は深海に住んでいて、歯はものを砕くことに適したプレート状。とはいえ、化石のギンザメの大半もそういう動物なのですが、なかには切り裂くことに適した歯を持つ遊泳種もいたそうです。エデストス(Edestus)やサルコプリオン(Sarcoprion)などがそれです。

 重水惑星では遊泳種の捕食性ギンザメが早期に出現して、それ以来、海の主要な捕食者としてとどまっているということにしました。その理由は、ギンザメの皮膚が裸で、現在の種類ではしばしば銀色であること。

 銀色の魚ってきらきらして目立つようですが、実際は周囲の色を反射させるので、環境の中ではなにがなんだか分からなくなっちゃうのですよね。他の軟骨魚類や初期の条鰭類は鱗の発達が激しいので、あまりそうはできないのではないかと考えて、海の主要な脊椎動物はギンザメにしました。

 他にも藻類を食べる藻食性の巨大なギンザメもいます。

 参考: 

 [古生代の魚類] 恒星社厚生閣

 [Fishes of the World 3ed] John Wiley & Sons,INC

 

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