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 「生理的な恐怖」という物がどんな風であるのか、リーマス・ルーピンはいまひとつ理解できないのだった。友人であるシリウス・ブラックが雑談の最中、真剣な顔をしてその話をやめろと大声を上げる、その心理が。
 シリウスの苦手な話は、痛みを想像させる話のようだった。「寝ぼけてカミソリで歯を磨いてしまった詳細」や「錆びた釘が腕の中に刺さって取れなくなった詳細」。しかしルーピンにはシリウスのような細密な想像能力がない。話を聞くだけではなるほどと思うばかりだし、そもそも彼は痛みには滅法強いのだ。
 そして世間一般の人々が怖がるような物。例えば昆虫や爬虫類であるが、ルーピンには一切好き嫌いがなかった。蜘蛛も蛇も兎も雀も、等しく平等にそこそこの関心があった(黒い犬だけは特別にもう少し関心があった)。恐れられがちな幻獣に至っては彼の専門分野で、どういう運命の悪戯か教鞭をとったこともある。ゴーストに関してはそもそも魔法界の人間は慣れっこであるし、今はいない人々に労せず会えるとは、なんて素晴らしいんだろうと彼は考えていた。
 血も肉も汚い物も、病の関係で子供の頃から見続けてきた彼には珍しい物ではなかったし、雷や嵐はこっそりと愛してすらいた。何度か経験した地震も、立ちくらみかと訝っている間に終わってしまった。
 そんな訳でルーピンは芯からの恐怖という感覚を未だ知らず、シリウスに通り一遍の同情しか持てない事を申し訳なく思っていた。

 ただ、うっすらとではあるが、「これが恐怖だろうか?」と思う瞬間がなくはなかった。

 それは以前、寝室で親密な時間を過ごしている際シリウスがルーピンにキスをした時だった。ルーピンは悪戯心を起こして尋ねた。
「これでキスは何度目になるのだったかな?」
 ルーピンの予想ではシリウスは笑って悪態をつくはずだった。しかし彼は瞳を少し伏せて考えるような表情をした。そう、まるで何かを数えているように。
 背中が冷たくなって、ルーピンは慌てて違う話題に切り替えたのだが、あの時の掌が痛くなって胸が締め付けられるような感覚、あれが「生理的な恐怖」に近い物なのかもしれないとルーピンは思う。
 そして。
 話題を変えなければ、おそらくシリウスはあの時正しい数を言ったに違いない。そう考えると悪寒や震えに加えて頭のふらつく感覚もしてくるルーピンなのだった。








怖い物がひとつくらいあった方が
人間的だと思います先生。

私はゴを含む虫全般も、爬虫類も、
血肉も自然現象も全部平気ですが
幽霊だけはどうしても駄目です。
いや、見たことはないのですが。
(見ちゃうと案外平気になるのかも…)
2004/08/11

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