70 そもそもタイミングが悪かった。 ダンブルドアから紹介されていたその人狼病専門の医者は、常に世界各地を飛び回っていて会うのが難しい男だった。彼は患者の罹病の時期、脱狼薬の服用期間、性別、家庭環境、遺伝などから詳しいデータを取り、治療法を研究しているのだった。リーマス・ルーピンは、自分の生きている間には間に合わなくとも、今後同じ病気を背負う人々の為にと数年前から面会の機会を待っていた。 ある日、フクロウが医者の到来を告げる手紙を届け、その日付は翌日のものだった。 その頃はずっと1軒の家に留まっていたルーピンに不都合はなかったのだが、その件をシリウスに伝える暇がなかった。何故なら彼は、とある役目の為に違う国へ赴いていたからだ。 彼には帰ってから報告をしようと、ルーピンは気軽に考えて医者を家に迎え入れた。 午前中かかって問診を終え、次に簡単な診察を寝室で受けていた時のことだ。 シリウスが家に戻ってきた。 その瞬間のシリウスの顔には、さすがのルーピンの心臓も冷え固まらずにはいられなかった。 その時ルーピンは半裸に近い格好でベッドに横たわっており、ちょうど医者との抱擁を終えたところにも見えなくはない姿勢をしていた。 なお悪い事に、シリウスは杖を持っている。 「10秒待ってやる。杖を握れ」 シリウスは感情の抜けた声で医者にそう言った。どうやら彼は、ルーピンが自主的に浮気に励んでいたとは微塵も考えていないようである。何らかの方法でこの見知らぬ男の意のままにされていると判断して、そこで思考停止した状態であるらしかった。背後から一撃で仕留めなかったのは、幼少の頃に叩き込まれた貴族的美意識のせいだろう。ルーピンは、シリウスにその教育を与えてくれた者へ初めて感謝をした。 眼鏡をかけた小太りの医者は「え?杖ですか?」と黒い鞄から自分の杖を取り出そうとする。 「杖を取ってはいけません!シリウス違――――!!」 「お前は黙っていろ!」 こういう状態のシリウスを見るのは久し振りだ。と妙にのんびりとルーピンは感心した。空気が帯電するくらい激昂した彼。切れ上がった美しい瞳に紅潮した頬。こうなるとシリウスは冷静な判断が出来ない。 彼をここまで怒らせているのは、偏に自分への思い入れであるという事実は、義務感の混じった喜びと若干の疲労をルーピンに感じさせた。 説得は効かない。魔法では間に合わないし、敵わない。しかし放置すれば馬鹿馬鹿しい理由で人が死ぬ。 ルーピンは仕方なくベッドから立ち上がり、2歩で距離を詰め、シリウスの足の甲を踏みつけて口付けた。それも空腹で死にかけていた人が肉に喰らいつく勢いで。 人前でその手の行為に及ぶくらいならいっそ死を選ぶ彼の性格を知っているシリウスは仰天した。ルーピンはそんな友人の両手を捕らえ、唇も舌も奪い尽くす。足の甲を固定されたシリウスは重心を失って後ろの壁に凭れかかり、その上から覆い被さるようにルーピンはキスを続けた。 何分経ったのか、いつの間にかシリウスは焦点を失った目で壁際に座り込んでおり、肩で息をしていた。 医者は異様な状況に飲まれて物が言えない。 ルーピンは口元を拭って眼下のシリウスに笑いかけた。 「紹介するよシリウス。彼が、これから私の主治医になる人だ」 それは、シリウスがいっそ気絶したくなるくらい恐ろしい笑顔だった。 ホ、ホラーでしょう? 怖いですね イヴェントで頂いた物のお礼として 04.01.13にアップした物です。 その節は皆様ありがとうございました。 2004/03/01 |