63 ルーピンが目を開けると、寝台の傍らにシリウスは座って、静かに涙を流していた。彼が目を伏せたので、新しい滴が2つ3つ頬を零れ落ちてゆく。しかし涙は彼の顔立ちの精悍さや優美さ、華やかさを少しも損なわないばかりか際立ててすらいた。 彼の指や膝の上に、滴は散らばっては消えてゆく。 パッドフット。 ルーピンの声は、別人のもののようにしゃがれていた。ロープで吊られて声帯が潰れた所為だ。杖腕はほとんど千切れかけていた。ルーピンは自分を最初に発見したのがシリウスでなければいい、とぼんやりと思った。もしそれが叶うなら、片手を失ってもいいとすら。 パッドフット。 ルーピンがもう一度呼びかけると、長い睫毛に縁取られた彼の瞳がようやく開いた。 彼が涙を流す気持ちは痛いほど理解できたが、涙を流す理由は沢山ありすぎて分からなかった。もしかするとシリウス自身にも分からないのかもしれない。 安堵や、喜びや、感謝や。恐怖。悲しみ。そして「彼等」への憎悪。自分自身への憎悪。それからおそらくルーピンへの憎悪。ありとあらゆるものへの憎しみ。 3度目に名前を呼ぶと、彼は唇を噛み締めて言った。 お前が友人でなければよかったのに、と。 こんな醜悪な道を歩くのは俺1人でいいのに。お前はまるで関係のない恋人か、もしそうでなければ、いっそ見知らぬ他人でもいい。こんな思いをするくらいならお前など知らない方がよかった。 シリウスは憑かれた様子でそう語った。 同じ台詞をそのままお返しするよ。 ルーピンはそう言いたかったのだが、どう考えても立場の弱い今は黙らざるを得なかった。 彼等は負傷をして目覚めるたびに、感情の全てが凍りついたような顔をした友人と対峙しなければならない。意識の無いシリウスの顔を、ただ見ていた夜の気持ちをルーピンは思い出す。 シリウス、手を。 彼は潰れた喉でそう言った。シリウスは首を振る。 シリウス、わたしだって気が弱ったりするんだよ。 ルーピンが笑うと、シリウスは子供を思わせる頼りない仕草で立ち上がり、しばらくうつむいていた。 彼は、けれどそれ以上友人の喉を痛めるのに耐えられなかったのだろう。包帯に巻かれたルーピンの指を2つの手で包んだ。 行かないでくれ。 シリウスの唇がそういう形に動く。 約束しただろう?忘れっぽいな君は。 ルーピンはしっかりとした声でそう言った。 それでも相手に「復讐をやめろ」とは言えないのです彼等は。 なぜなら逆の事を言われたら応じられないから。 私なら、たとえ憎まれても監禁するけどなあ。 この人達はフェアなのです。 2003/12/10 BACK |