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 2人で街を歩くと、誰もがシリウスを振り返る。娘さん達は肘で互いをつつき合い、ご婦人は微笑みかける。大胆なものは彼に声をかける。
 人里離れた場所で暮らしていたからすっかり忘れていたが、そういえばシリウスのこの外見は美しいのだった。それもとびきり。
 緑がかった黒い瞳、引き締まった体にすらりと伸びた手足。
 カフェの店内にいる人々までもが硝子の向こうからこちらを指差している。しかし当のシリウスは知らない顔で歩く。いや、おそらく彼は人々が自分を見ている事を本当に知らない。彼は昔から周囲の人々には注意を払わない。自分の見たいものだけを見、聞きたいことだけを聞くのだ。
「皆が君を見ているね」
 そう私が告げると、彼は「くだらないことを言うな」とでも言いたげに難しい顔をして息を付く、その仕草。私はもう一度それを見たくて形のいい耳に囁く。
「私には痛い視線が突き刺さるのだけど」
 彼は私に向かってちらりと歯を見せた。からかわれていると思っているのだろう。痛い視線が突き刺さるのは本当なのに。
 シリウスを見た人々は、次に隣にいる貧相な私を不思議そうに見る。それはそうだろう、自分でも分不相応だと思うくらいなのだから。彼の隣には、彼に負けぬくらいきらびやかな令嬢か、あるいは如何にも裕福そうな恰幅のいい紳士こそが相応しい。

 彼のような大型犬には。

 犬好きであれば誰でもシリウスのような立派で美しい犬を飼ってみたいとそう望むだろう。残念ながらこの犬は世界に1匹しかいない犬で、それを独占している事を私は申し訳なく思う。
 けれど許してもらうしかない。犬好きの人々の持つような他の何かを私は一切持たず、手にあるのはこの犬、いや友人ただ1人のみなのだから。彼すら差し出してしまっては、私には本当に何も残らない。
 私は彼のリードをしっかり握り締めてそのまま歩きつづけた。


いちおう「犬かよ!」というオチです…。
(オチを説明する事ほど情けない行為はないね)

先生、みんながシリウスを見るのは
黒犬が美しいからじゃなくてデカ…(小声)。
2003/10/20



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