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 クリスマスに帰省したハリーが、久し振りに会う義理の父と元教師を相手に山のような近況報告をしていた時の事だった。彼が話の合間にふと、「ジョージとフレッドが時々してくれる怪談は強烈に怖い。あの手の物語を大抵皆は5つ6つ知っているものだがどこで覚えるのか。自分は怪談を一つも知らない」というような雑感を話の流れで述べたとき、それを聞いた名付け親はハリーの予想を越えた反応を示した。彼は大きく苦しそうに呻くと「なんてことだ!ジェームズの息子が怪談のネタに不自由している!」と芝居がかった調子で元教師を振り返ったのだ。少年が瞬きをしてルーピンを見ると、彼も珍しくシリウスの芝居に乗って「これは我々の責任だねシリウス。重大なミスだ」と重々しく同意した。
 「父さんは怪談が得意だったの?」とハリーが尋ねると、彼等は同時に頷く。非常な熱意を込めて2度も3度も。
「悪魔のように上手かった。怪談と呼ぶのが躊躇われるくらいに。あれは怪談なんてほのぼのとした物じゃない別の何かだ…例えば拷問とか」
「そうそう。彼は人間が1人1人持っている苦手なもの、恐ろしいものを形にして表して見せるのが得意だった。あの能力は超人的だったね」
 人として褒められた話とはとても思えなかったのだが、あまりに2人の大人が誇らしげに話すので、ハリーはおかしくなって言った。
「友達としてそれはちょっと…僕ならお断りだな」
 勿論2人は即座に弁解をする。
「今思えばジェームズ独特の甘え方だったような気がするよ。愛情を試すというか」
「ああ、そうそう。これでも平気?僕のことが好き?みたいな。当時はそんなこと考えてもみなかったが今なら少し分かる」
 好きな子をちょっといじめたくなるような感じってあるだろう。あれじゃないかな、とよく考えて話しているのかいないのか、そんな事まで彼等は真顔で口にした。ともあれハリーの父が、友人に愛されていたのは確かな事実のようである。
 ごく自然な話の流れで「夕食の後に怪談をしよう」とシリウスが大層意気込んでそう宣言をしたので、ハリーは「怪談はそんなに好きという訳ではないんですすみません」という一言を口に出せなくなってしまった。ハリーはこの名付け親が、突然突拍子もない提案をして部屋の空気がわくわくしたものに切り替わる瞬間がそれは好きだったのだ。

 そういう訳で部屋の照明は落とされ、季節はずれの怪談パーティは始まった。シリウスの語る怪談(ハリーの父親のオリジナルだという)はひどく変わっていた。予測が付けられないのだ。霊が出るかと思えば出ず、思わぬ所で人が死ぬ。呪いの鏡に何が映るかと緊張していたら、いつの間にか隣に立っていた白い顔の子共に手を握られているというような印象の話だ。そしていつもの事ながらシリウスの話術は巧みだった。この場合は明らかに余計な特技である。彼は怯える老婆を、道に迷った子供を、背後から聞こえる死者の声を見事に演じ分け(ルーピンが途中こっそりとコメントしたのだが、このシリウスの怪談の語り口調は、昔にハリーの父親が語った際の演技をそっくりそのまま再現しているらしい)、部屋の温度を確実に5度は下げた。
 ぎこちない笑顔になっていくハリーにルーピンは笑って、「シリウスは復讐しているんだよ。君の父さんに随分脅かされたからね」と言った。
「先生は恨んでない?僕に復讐をしなくていいんですか?」
 と少年が尋ねると、シリウスが指を鳴らした。
「こいつは平気なんだハリー。見た目に騙されるな!」
 先程まで凍るように暗い声で恨み言を言っていた声が、がらりと変わって明るいものになる。
「そう。私は怪談は平気なんだ」
「むかし一緒にジェームズの怪談を聞かされてたとき、こいつはものすごく怯えていた」
「シリウスは平気そうな顔をしていたけど、実は一番ダメージを受けていたね」
「そうだとも。でもお前の心配もしてたんだ!本当に怖がっているようだったから。ところがそれは」
「嘘だった」
「酷い話だろうハリー。最近まで、俺は彼が怪談が苦手な人間だとずっと思っていたんだ。一緒に暮らすまでは」
「じゃあ20年以上騙されてたって訳?」
「昔の私は悪い子でね。手の付けられない嘘つきだったんだよ。大人になって更生したといういう訳さ」
 シリウスはルーピンの耳元に顔を寄せ、歯をむき出してガチガチと鳴らした。2人はまるで悪童のように笑い転げる。
「ジェームズは感付いていたみたいだった。くすぐってみたり、猟奇的な話や気持ちの悪い話をしてみたり、色々リーマスを試していた風だったし。しかしこいつは律儀にそれらしいリアクションをしていたが、今思うとあれも全部嘘だな」
「うん、まあそうだね。「普通の子供らしく」が当時の私のモットーだったから」
「先生に弱点はないの?」
「いや。ジェームズは見つけたんだ」
 それは何?と尋ねるハリーにシリウスはにっこりと笑った。
「それではハリー、ジェームズ創作話暗誦会の第二部。悲しい話を始めようじゃないか」
 隣に座る友人の手首をしっかりと握り締めてシリウスは宣言した。ルーピンは額を押さえて「勘弁してくれ」と呻く。
「ジェームズは悲しい話のレパートリーも無尽蔵だった。戦争と象の話とか、私は今でもあれを思い出すと駄目だね」
「ああ!丁度あの話から始めようと思っていたんだ」
 ルーピンは何度か立ち上がろうと試みたが、シリウスがおとなげなく本気で力をこめて手を握っていたのでどうしても振りほどけないようだった。
 話は容赦なく進行し、飢えた象の様子が詳しく語られるにつれハリーの心は揺さぶられ、それよりも更にルーピンの表情は顕著に硬くなった。ハリーは要所要所でルーピンの気を紛らわせるためにおどけた表情をしたり、でたらめな歌を歌ったりした。そして少年の頃、父親が見たに違いないルーピンの困った顔やシリウスの意地の悪い笑顔を、何十年か後に息子の自分が見ている不思議を思った。
 3人で話しているにもかかわらず4人でいるような感覚のする、それは奇妙な冬の夜の出来事だった。




シリもルも、むらむらと好きな子をいじめたくなって
かわりばんこにお互いをいじめているといいと思います。
ほほえましいようなフケツなような。(家庭内えすえむ…)

ジェームズからすると、
周りの人間は皆ハムスターみたいなかわゆい存在で
可愛さのあまりついギューっと握っちゃうのかも。
(あと逆さにしたりな)

2006.12.12



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