134 その南国のホテルの、王宮を模したという触れ込みの建築様式は、内部に多く列柱を擁し色の違う大理石で床に模様を描き、大小さまざまの照明が昼夜を問わず光り輝いて、仰々しい宣伝文句に恥じぬ絢爛豪華な景観を示していた。 バイカー・チャプルー・ホアピー・トンホーム、まさに呪文としか思えない食材を多く使ったディナーを楽しんだ2人は、デザートフルーツを前に会話をしていた。 マグルの国という国を旅し、いまや適当なスーツを着て目立たぬ無害なマグル2人組に扮するのは自分達にとって容易い事である、とシリウス・ブラックは考えていたがリーマスルーピンは何故シリウスがそんな勘違いをするのか、かなり不思議に思っていた。彼の容姿とただならぬ雰囲気は相変わらず人の注目を集める。いまこの瞬間もそうだ。これで金髪の美女でも連れていれば少しは自然だったかもしれないが、テーブルを共にしている相手は普通の中年男性である。見るなと言うほうが無理な相談だった。 しかし、こういう場合ルーピンは自分の感覚や常識一切に蓋をすることを覚えた。良くも悪くも彼等は慣れたのだ。 いまもルーピンは周囲の視線をなるべく意識の外に追いやり、目の前の友人に集中するようにしていた。そして「まだ30代初めと言っても十分に通るな」と彼の容姿を勝手に批評していた。(奇しくもシリウス・ブラックも同時に「相変わらず年齢不詳に見える」とルーピンに対して考えたところだったのだが) 「こっちに貸せ。切ってやるから」 配膳されてからしばらく時間の経つフルーツをシリウスは指差した。シリウスの前にある皿には果実の皮とソースしか残っていない。ルーピンは我に返って瞬きをした。 「いや、違う。切りあぐねているのではなく考え事をしてるんだ。いくら私が不器用でもこれくらいは切れるよ」 「ほう。果実を前に何を?腹が満ちて眠くなったとか」 「子供か私は。この果実の匂いが何かに似ているなあと思ったんだが、君だったよ。すぐに分かってつまらなかった」 そう言ってルーピンはカスタードのような果肉を一口すくって、口元へ運んだ。 「このフルーツの匂いが俺?」 「そう」 「俺はフルーツの匂いがする、とそういう訳だ」 そこまで言われて初めて、自分の発言が解釈によってはかなり雰囲気の違うものになる事にリーマス・ルーピンは気付いたらしく、ふと背筋を正した。 「……おかしな言い方をしないでくれ。単なる報告であって―――」 「俺は口説かれているのか?」 「自分じゃ分からないかもしれないけど、本当に似てるんだよ」 「部屋に連れ込まれてもいいくらいにはクラっときたな」 「酔ってるね?これ以上君を口説いてどうなるって言うんだ」 「ああ。髪一筋、指の一本、尻尾の先に至るまで、既にお前のものだからな」 ルーピンはとうとう堪りかね、片目を閉じて笑った。 「……不穏な発言は心に留め置く注意力があったのになあ、昔の私には。今やもう、まるで駄目だ」 「お前のそのウィンクは、『胃が痛い』と言っているようにしか見えない」 「これは君の特技だからね。私は専門外だ」 「なんでしたら部屋でコツを伝授しますよ教授」 「と言って私を部屋に連れ込む訳だ」 「嫌ですか教授?」 「喜んで伺うとも。少し散歩した後で」 「ご一緒しましょう」 「腕は組まないよ。ちゃんと3歩離れたまえ」 2人は立ち上がった。清浄な水を湛え蓮を浮かべている中庭の池へと歩き始める。シリウスは小声で「残っているじゃないか注意力が!」とふざけて口を尖らせた。 ああ、少しはしゃぎ気味だなと互いに感じていたが、それは大した問題ではなかった。何しろ彼等はバカンスの途中で、しかもここは南の国なのだから。 作中のフルーツはカスタード・アップルです。 どうせお前等同じ部屋(というかコテージ)だろう! とツッコミを入れてやってください。はいどうぞ。 2006.05.29 イベントお礼としてアップ。 2006.08.24 再アップ |