126 「遺言状?」 「そう。私達もそろそろ歳相応に、後の事を考えなければならない時期だ」 「でルーピン教授は遺言状に何を書かれると?」 「そうだね、私は君のように途方もない資産を持っている訳ではないから。蔵書や私物の処遇とささやかな貯蓄の事なんかを書いておきたいね」 「なんだ、面白くないな」 「……遺言状に笑いを求めないと思うよ。普通は」 「何か言い残すことや言っておきたい事はないのか」 「蔵書と私物関係以外で?」 「そういうものではなくもっとメンタルな」 「メッセージの話かな。ハリーやハーマイオニーやウィーズリーの愛すべき人々や、他の友人達に?」 「どうして最初や最後に名前が挙がらないのか理解できないがシリウス・ブラックなんかにも何か一言あったりしないのかと、そういう話なんだが」 「ああ……なるほど」 「最終的に通じたようでよかった。少なくとも通じないよりはいい」 「つまりは死ぬ間際、自分に対するメッセージは何かという乙女っぽい疑問なんだね」 「そうだ」 「年齢に相応しい場所からこれまた遠い話だ。しかし残念ながら君に言いたい事は特にないよシリウス」 「・・・・・・」 「この歳でそんな顔をするのはやめなさい。違うから。待ってくれ。その傷ついたポーズはしないでくれ。訂正しよう、言いたい事がないのではなく、言いたい言葉は言い尽くしているんだ」 「いま考えながら適当に喋ってるだろう。そうに決まってる」 「違う違う。子供の頃と今と、合わせて一体何十年一緒に暮らしたと思っているんだ。見聞きした面白い話や、不思議な話、疑問や悩み、すべて君に話している。考える前に君に話す習慣がついたと言ってもいいくらいだ。毎日楽しいし幸せだし、感謝もしている。そういう話も実感するたび何十回も言った。後悔のないように、君に言いたい事は何でも話しているよ。私は」 「本当に?」 「本当に。歯並びが綺麗だとか眼が異国の王子様のようだとか。黒髪がまっすぐだとか、指が優雅だとか、素晴らしく頭が冴えているとか、ジョークが上手くて歌も上手いとか思うたび言っている」 「そのほかには何かないのか」 「パッドフットの丸太のようにたくましい前足が好きだとか、耳の内側の毛が好きだとか、しっぽが好きだとか、口の形が可愛いとか、最近年のせいか小さな禿が出来るようになって悲しいけれどそれでもフサフサして触り心地が良いとかも、言ったばかりだろう」 「待てリーマス。犬の部分がすごく多い。多すぎる」 「すまない。ええとバランスを取って増やすと人間の君は足が長いし、手も長いし、首も長い」 「梯子ではないから長さを絶賛されても嬉しくない。褒めなくてもいいから他に何か?」 「そうだな。昨日のスープは君の嫌いな具で済まなかったとか……それと読みかけている本の感想は、さすがにまだ言っていないけれど……」 「俺とお前は、祖父と孫という関係でもなければ遠縁という間柄でもない。厳密に言えば純粋な友人同士でもない」 「……ええと何となく君が何を言いたいのか分かったので話題を昨日一緒に見たミステリー番組に変えてもいいかな」 「駄目に決まっているだろう。確かに、感謝や俺への褒め言葉なんかの穏やかな話はよく聞くが。祖父と孫でなかったり遠縁でなかったりする者達の間にはもっと情熱的な言葉が時折必要になるのでは?例えば好きだとか愛しているとか、そういう類の」 「言ってなかったっけ?」 「去年は3回しか聞いてない。その前の年は―――」 「やめたまえ。まったく!年寄りらしく少しボケたりはしないのか君の頭は」 「おかげさまでこの上なく健常だ」 「この話の着地点はここ?」 「そうだ」 「そのポーズは何だい」 「お待ちしているんだが」 「いい年をして」 「ああ」 「君が老けないのも当然だね」 「それで?」 「・・・・・(小声で何事か囁く)」 「うん、素晴らしくいい気分だダーリン」 「……とりあえず死ぬのは君より後にするよ」 年に3回は少ないよなあ。 3回…クリスマスと誕生日と… ………………。 分かったエイプリルフールだ。 ひどいよ先生。 たぶんシリウスは 遺言状の話なんか縁起悪いからやめろという 嫌がらせをしているんだと思う。 歳をとったので彼もマイルドになった。 若い頃ならプンスカ怒っていたことでしょう。 それから、20年若かったら先生は 口が裂けても最後で囁いたりしなかった。 先生もマイルドになった。 めでたし。 2006.04.20 BACK |