123 シリウスはよく本を読んだ。 それは普通の人間には到底真似の出来ないスピードだった。もともと理解力が高いうえに、恐ろしいまでの集中力と、12年ぶりの世界に対する好奇心まで揃っているのだから当然だろう。彼は流行図書を中心に、魔法界マグル界のあらゆるジャンルの出版物を選らずに濫読した。 通販で取り寄せた書物やこの家の前の住人の持ち物、図書館から郵送された本、ルーピンの所持品などなど、家から一歩も出ることなく入手出来る本は意外に多くあった。居間やシリウスの寝室には、彼が読み終わった本が数冊積みあがっているのが常だった。 ある昼下がり、何の気なしにルーピンはその内の一冊を手にとってシリウスに尋ねる。 「これは何だい?『英国の煙草は高価すぎる』。社会批判の本?」 「それは…強いて言うならマグルの空想小説かな。愛煙家と嫌煙家がそれぞれ秘密組織を作って互いを抹殺しようとする話だ」 「面白い?」 「面白かったがお前にはすすめない。登場人物が多すぎるから」 「うーん、5人までくらいが理想かな」 「ざっと70人はいたかな」 「それは何とも御苦労なことだね。君が書いたんじゃないか?」 「そうかもしれん」 「ではシリウスこれは?『君の心にアロホモラ』タイトルは聞いたことがあるけど…」 「数年前に流行した恋愛小説だったらしい」 「感想は」 「とても昼間には言えないような下品な言葉でなければ形容できない」 「じゃあ聞かないことにするよ。『マダム・トッドのガーデニング』…君これは何の役に立つんだい」 「うちにだって庭はあるじゃないか」 「分かっているとは思うけど、日中は出られないんだよ君は。『龍の尾の物語97巻』……97巻?!」 「なかなか楽しめた」 「その前の96冊は!?」 「すべて先月に読んだ」 「信じられない……いつの間に」 「お前も読むといい。ハリーにもすすめるつもりだ」 「そのうち君からあらすじを聞くよ。えーと、これは……」 ルーピンは可愛らしい装丁の児童図書を横に置いて、その下にあったカラフルな表紙の本を取り上げる。 「『淫乱女教師の……』」 そこで沈黙が落ちた。 この本がどういう種類のものであるかは、表紙の露出度の高い女性のとっているポーズで一目瞭然だった。 ルーピンは自分の小さな失敗を悟り10秒黙った、が伏せられた彼の視線は動くことはなかった。 シリウスも、動作には何も変化がなかった。ただ、言い訳が何通りか頭の中を高速で跳ね回ったが、どれもちょっとした矛盾があったので彼は黙っていた。 「『……調教』」と仕方なくルーピンは微笑みながら付け足し、「ははは」と笑った。相手を気遣ってのことなのであろうが、シリウスは2階に駆け上がって窓から飛び降りたいという、ごく自然な衝動に駆られた。 「これは、その、面白かった、かな?」 「いや少しも。人間は描かれていないし構成はいい加減だし」 シリウスは目を泳がせながら早口に語り、こういうものは普通そうなのでは?という疑問をルーピンは飲み込んだ。 「ふうん」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「……主人公の職業に意味はない」 「え?」 「タイトル。主人公が教師だからその本を買ったんじゃない」 「え?……ああ!…………うん。勿論そうだろうとも」 どうすればこの話を不自然ではない形で終了させられるか、その方法について2人は全身全霊で考えていた。 彼等は、2人の間で行われるその手の行為については真面目にあるいは冗談めかして語る機会が頻繁にあった。しかし男女の間で行われる行為に関しては特に話し合う習慣を持たなかった。とりあえずそれは彼等には関係がない事柄だったので。 この手のものを見るたび「男の子って不潔なんだから」と怒っていたガールフレンド達をシリウスは思い出す。しかしルーピンは女性ではなく男性である。どちらかと言えば共に楽しむ仲間に分類されるべき人間だ。何を恥ずかしがったり気まずくなったりする必要があるだろう、と思い直したシリウスは顔を上げる。 「お前はこの手の本は読まないのか?リーマス」 彼は何とか笑みのような表情を浮かべることに成功した。問われたルーピンは完全に平静を保って「たまには読むかもしれないね」と答えた。 「どんな系統の話が好きなんだ?」 と更にシリウス。 「女囚ものかな」 先刻とは比較にならない緊迫した空気が部屋の中に満ちた。 それは何か意図があっての発言なのか、或いはそうでないのか、シリウスは友人の表情を必死で凝視した。 しかしその努力もむなしく、友人の穏やかな微笑みからは何も読み取れないのだった。 文章や行間を読むことはシリウス・ブラックにとって容易かったが、この旧友の頭の中を読めるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだった。 「先生は何も考えてない」に1000点。 (無論その方が問題なのですが) シリウスさんは12年投獄されているうちに 例の手順やテクニックの普遍的なものが すっかり変わっちゃってたらどうしよう… と急に不安になったんだと思います。 先生には尋ねにくいしね。 (てか先生知らなさそうだしね) 2006/02/06 BACK |