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「愛撫はどうして口でないと駄目なんだろう」
 誰もがそう認める教師らしい風貌をした男リーマス・J・ルーピンは、いかにもその真面目で善良そうな顔に相応しい表情で旧友に尋ねた。
「何だって?」
 対する男シリウス・ブラックは美しい造りの額にシワを寄せて相手を凝視する。友人と一緒に暮らし始めてから、どうにもこの表情をする事が多くなったとは自覚している。
「愛撫だよ。愛撫。ほら、主にベッドの上で……」
「いや、愛撫の説明はしなくていい。その次だ」
「人間の愛撫は大抵口で行うけど、どうして耳や鼻だと駄目なんだろうと思って」
「今、急に思ったと?」
「そう」
「・・・・・・」
「そういうあからさまに呆れ顔で見られるよりは、いっそハッキリ言ってくれた方がいいんだけどね」
「いや、そんなつもりは少しもないよ。ミスター・ムーニー」
 シリウスは友人を―――いい年をして爆弾発言の度合いは昔より却って増している―――沈痛な面持ちで見つめて答えた。
「……他の部位より口はギミックが多い。吸う・噛む・舐める・吹く・触れる」
 力のないシリウスの声には少しも気付かず、リーマスは感心したようにシリウスの手を取ってそれぞれの効果を試し始める。
「そうか。ああ、成る程。……忘れていたけど、そういえば君は頭が良かったんだったねぇ」
「光栄だよ。思い出してもらえて」

 もしここに100人の陪審員がいたとして。
 弄ばれる自分の手を見ながらシリウスは考える。
 今この瞬間に自分が我慢できずに彼をどうにか(それは暴力的な方向では決してなく)したとしたら、一体何人くらいが自分の無罪に票を投じてくれるだろうかと。
 彼は溜息をついて、もう一方の腕を友人の肩に廻した。



まあ……少なくとも私は無罪に入れるよシリウス。
つか、単に誘ってもらってるんじゃないのか?


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