夏風邪 風邪は嫌な具合に長引いていた。高熱は下がり、立ち上がれるようにはなったものの咳は続いた。それは丁度マグルの壊れてしまった車が、むなしくあげるエンジン音に似ている。仕方がないのでルーピンは寝台に横たわって一日の大半を過ごした。退屈になれば本を読む。普段の生活とあまり大差がないと言えなくもなかった。ただ、休暇で来ていたハリーに構えないままで、彼の休暇が終了してしまった事は少々残念だと思わなくもない。しかしこんな季節外れの時期に風邪など引いてしまうとはなんとも間が抜けていて、そして自分らしいとルーピンは静かに微笑む。窓は陽光に輝き、家には同居人がいて自分一人ではない(彼にはあまり部屋に入ってこないように頼んであるので、時折遠くに物音を聞くだけであるが)そして満月期も遠い、こういう状態であれば風邪も彼にとって特別煩わしいものではない。めでたく完治したらするべき幾つかの雑事や、同居人に聞かせる長くてくだらない話を頭の中で暇に任せて取りざたするのは楽しくすらあった。 ルーピンがシリウスの事を考えた時、丁度それに引き寄せられたかの如きタイミングで扉が開いて本人が唐突に現れた。 彼はこざっぱりとした黒いTシャツとジーンズを身につけ、異様に清潔そうに見えた。病床から見ると健康な人間は1.3割増元気そうに見える、とルーピンは昔思った事を再確認する。むっとするような部屋の暑さと湿度が不愉快なのだろう、シリウスは小さく鼻の頭に皺を寄せ、前髪を掻き上げる。ルーピンにはこれが肌になじむ丁度良い温度なのであるが。 見慣れた黒い瞳をじっと見つめて、病人は首を傾げてみせた。ルーピンは病気を感染させるという事に若干神経質である。黒髪の同居人も心得ていて、食事運ぶ時と皿を下げる時以外は部屋に入ってこなかった。その彼が日中手ぶらで姿を見せたのだから、何か相談の類だろうとルーピンは考えたのだ。 「治らないな」 真顔でシリウスはつぶやいた。 「汗をかいたほうが良いんじゃないか」 その口調を思い出して、後でルーピンはひとしきり笑ったものだが、まったく真面目にシリウスはそう言った。「そろそろハリーに新しい夏の衣類を送った方が良いんじゃないのか」「次の満月までに脱狼薬を買い足さなければ」「お前の杖はそろそろ替え時だろう」などという、しごく実務的な話をする時の顔だった。 なのでルーピンも訝りながら答える。 「家の廻りを三周しろとでも?パッドフット、君は古代スパルタの出身かい」 「ムーニー、俺はそんな血も涙もない事は言わない。無論お前はこの部屋のこのベッドに横たわったままでいいんだよ」 「それじゃ……」 一体どうやって、から以降に続くルーピンの台詞は飲み込まれた。いつも通り優雅で無駄のない仕草で枕元に椅子を引き寄せ腰を下ろしたシリウスの、その右手がするすると掛布の下に潜り込んできたからだ。 手はゆるやかに上衣をめくりズボンに侵入し、風邪特有の水気のなくなった熱っぽい外皮をしているルーピンの身体の中で、唯一しっとりと冷たい部分を捕らえた。 「こら」 掛布の上からでも見て取れる手の動きに、しばらく視線を奪われていたルーピンが我に返って抗議すると、シリウスは白々しく「何か?」という顔をした。 「何を考えているんだ君は。もうちょっとマシな暇つぶしの方法があるだろう」 「風邪が伝染らなければいいんだろう?お前は」 「そうだけれど、いや、そうでなくて」 「じゃあ誓って『これだけ』だから問題ない」 「端的に言ってそれだと君がつまらないんじゃないか?パッドフット」 風邪は粘膜感染する。 「……本当に端的に言ったな。しかしつまらなくはない。こうやってお前の顔を見ているから」 ルーピンはそう返事されて、急にシリウスの視線を意識した。そろそろ目の下の辺りが朱色に染まりつつあるのが自分でも分かる。日差しが盛大に差し込む窓と、目の前の友人の顔を困ったように見比べるルーピンを見て、シリウスは初めて笑った。 「まあ、お前が金切り声を上げてそこの机やら椅子やらを振り回し始めたらやめておくが」 今のところ金切り声を上げる体力はないし、逃げるのには難のある状態になりつつある。 「君が風邪を引いた時は同じ事をするからな。きっとだ」 「それは最高だ。是非頼む」 「……理解に苦しむが、もういいよ。君の気が済むようにするといい」 そう言うとルーピンは体を寄せてシリウスの右肩に顔を伏せ、黒髪ごと首筋を抱いた。 「これでは顔が見えないな。ルーピン教授」 「贅沢を言ってはいけない」 ひた、と熱い唇がシリウスの耳元に付けられ、声が直接注ぎ込まれた。教師特有の穏やかな話声は、言葉ではない音に変わる。表情を見せない代わりに声を聞かせようというつもりかと苦笑するシリウスの耳に、今まで一度も聞いた事のないような声が響いて、思わず首を巡らせて肩の上の彼の表情を見る。案の定ルーピンは笑っていた。 「あとで耳を洗っておくように」 「お前にその手の声が出せるとは知らなかった」 「風邪で頭が馬鹿になっているんだよ。そんなに真面目に反応されるとつらい」 しかしシリウスの骨張った指が上下するのを止め一点で微妙な動きを始めると、真に迫った甘い声はやみ、却って熱い息遣いのみとなった。 「ルーピン教授、先程のサービスの続きをどうぞ」 「・・・・・・・・・」 「ではルーピン教授、お話の続きは?」 シリウスが意地悪く手のひらを太ももへと移動させると、肩の上で首が振られて髪が鳴った。元の位置に戻すと伝わる大きな吐息。 「ムーニー、キスを」 音を立てて首筋に唇が押し当てられる。 「お前は世界一のケチだ」 お互いの笑い声が、耳ではなく抱き合っている肩から震えとして伝わってくる。陽の光は幻想的なまでに明るく、非現実的な行為を更に際立たせた。 最後に食いしばった歯の間から漏れるルーピンの微かな吐息がシリウスの耳朶に触れた。 「必ず、必ず、必ず」 「仕返しをする、だろう。分かったから。くどい」 「いや、倍にして返すんだ」 「倍。回数か?内容か?」 「ああ、なんて破廉恥な犬なんだろう君は」 ルーピンはようやく息が整ったらしく、額の汗をこれ見よがしにシリウスの肩になすりつけて憤然と顔を上げた。まだ目の縁や耳が赤い。 しかし視線は黒い瞳に辿り着く前にある箇所で引っ掛かり、固定されてしまった。 「・・・・・・・・」 さすがにそれを今更隠すわけにもいかず、今度はシリウスが黙る番だ。 「ミスター・ブラック」 「・・・・・・・・」 「何か扶けが必要な状態に見えますが」 「・・・・・・・・」 「聴覚で性的に興奮するのは女性が多いと聞いているけれど?」 シリウスは腹立ちまぎれにキスしようとしたが、残念ながらそれはルーピンにかわされてしまった。 「身体を拭いて着替えさせるからちょっと待っていろ」 慌てて立ち上がろうとする彼の腕を、ルーピンは捕らえて引き寄せる。 「私に出来る事があればお手伝いしましょうか?」 最上級に丁寧な英語で微笑まれて、シリウスはしばらく絶句したあと小声でPから始まる副詞を口にした。 バカだ……いや、それ以前にこの人達変態スレスレだ……。 (無論書いている人が一番)ところで嫌な想像をして しまったんですけど、 この文章、ハードに保存しているんですよ。 で、ウィルスに感染して万が一これが撒き散らされたら、 私、その日の内に割腹して死ぬしか……。 それと私の友達とそれに類する人。 もしうっかりこれを 読んでしまっても黙って縁切りだけは勘弁。 話し合おう。話せば分かる。(たぶん) BACK |