男性と犬2(後編) 先ほどまでは男性と犬がいた室内に、今は男性が2人いた。 両名とも硬い空気の中で、押し黙って立っている。 「あんな風に長い時間喋っていると怪しまれる」 こういう場合、沈黙を破るのは必ずシリウスだった。彼は黙ってこちらを見るルーピンが大の苦手である。友人の顔から表情が消えるとシリウスはいつも不安になるのだ。 ルーピンはいつも微笑んでいる。笑うのに相応しくない場面ですら、瞳だけはシリウスに笑いかけている。そんな彼はシリウスから見ても間違いなく幸せそうだった。しかし無表情になると途端にルーピンは疲れた人のように見える。この世の何事にも、誰にも、シリウスにさえ、なんの未練もないのではないか?と、そんな恐れを抱かせる。 諍いにおいて、初めに口を開くのがどんなに不利な事かを知っていても、シリウスは沈黙に耐えられない。 「・・・・・・・・・」 「お前の学校時代の事を聞いていた」 「・・・・・・・・・」 「マグルの教職員の経歴を調べる手段は幾らでもある」 「・・・・・・・・・」 「リーマス」 ルーピンはゆっくりと眼を閉じて、そして額を押さえ再度シリウスを見た。 「見境なく人間に噛み付くような男が友人だなんて」 無表情はまだ続いていた。シリウスには友人が怒っているのか、呆れているのか、それとも何も感じていないのか判別がつかない。 「私は恥ずかしいよシリウス」 「あいつを追い返そうとしたんだ」 「他の方法を思いつかなかったとでも?そういうのを癇癪と言うんだ。君は子供の頃から全然成長していない」 「癇癪じゃない」 「癇癪は我慢するようにしないと治らない」 「癇癪じゃないと言っている」 「……分かった。癇癪じゃないとしよう。じゃあ私の友人シリウス・ブラックは、何を思って突然客人に噛み付いたのかな?」 「……俺は知っている」 「何を」 「お前はあのタイプにモテる」 「……モテ?」 初めてルーピンの表情に変化があった。目が丸くなって口が開く。 「俺はひどく不愉快だ」 「待ってくれシリウス。話はつながっているんだろうか?」 「つながっているさ!あいつとお前が話していると俺は不愉快だと言っているんだ!」 「私が人と話したらどうして君が不愉快になるんだ!じゃあ例えば私が街行く人に道を尋ねたら、君はその人に噛み付くのか?!」 「だから!あのタイプにお前はモテると言ったじゃないか!!」 「さっきからロシア語で話しているのか君は。ちっとも通じやしない」 「本当に分からないのか?!ここまで言っても?!」 情けない顔をしてシリウスは「マジかよ」と付け足した。ルーピンは少し不安そうに首をかしげる。 「分からない。さっぱりだ」 「お前は……もしかすると世界で一番鈍感なんじゃないか……?」 彼のその絶望の呻き声は喉の奥から搾り出されて、部屋の空気の中を一周した。 「もう少し分かり易く説明してくれると嬉しいんだけれど……」 随分と柔らかい語調になったルーピンをシリウスは睨みつけ、そして眼を逸らした。左に右に。更には赤くなった。 「シリウス?」 「……だ」 「ええ?」 「嫉妬だ!」 「・・・・・・・・」 呆然と自分を見つめてくるルーピンに、シリウスはますます顔を赤くして繰り返す。 「嫉妬したんだ。これで通じなければお手上げだ」 ルーピンの表情が形容し難いものに変わった。 「……『彼は男性だよ?』……こういう返事で、いいのかな?」 「俺も男性だ」 「君の言いたいのは……つまり、私と彼が……」 「そうだ!悪いか?」 そこでシリウスは突然、乱暴に髪を引かれた。 「痛っ!」 「彼にも!私にも!失礼だ!!いや、全人類に失礼だ!何を考えているんだ君は馬鹿か!どうしてそういう下らない事を思いつくんだその頭は!!アズカバンで腐ったのか!!」 「そこまで言うか!」 「今度そういう異次元の論理で人に噛みついたら許さない。客を噛む前に私を噛むといい。分かったね」 「う……」 見えない尻尾が限界まで下がった様子の黒髪の友人に、ルーピンは1つ溜息をついて彼に背を向けた。 「しばらく君とは会わない」 「……会わない?まさかリーマス――」 「言っておくけど鍵をかけておくから来ても無駄だよ」 「鍵?ああ……」 強張った表情を緩めるシリウスには構わず、ルーピンは部屋を出る。 「3日後に会おう、さらばだシリウス」 閉まる扉の隙間に、ちらと彼の笑顔が見えた気がした。3日間という提示された絶交の期間に、ようやくシリウスはルーピンの怒りの度合いを推し量る事が出来て、狼狽すると同時に安堵する。 彼は慌てて友人の後を追った。 他の方の「情けなくてダメダメなシリウス」(短く言うと3文字)を 東京タワーくらいとすると、私の書くそれは月面着陸をしていそうな気がする。 太陽系から出ないようにとどめたいです。 ではシリル愛好家の方はここで読むのをストップして下さい。 リバスキーまたはルシリの方へおまけ。黒い先生です。 いやべつに肉弾系ではありませんがね。 BACK |