KISS

 子供の頃の自分と、彼、そして亡き友人に対してとんでもない裏切りを働いている気分になる。
 それは旧友と口づけをする時だった。
 本来は物事に拘らない性質のルーピンではあるが、近付いてくるシリウスの頬に手を触れる事は出来ても決して正視は出来ない。
「何故いつも目を逸らす?」
シリウスは友人へ真顔で問いかけた。あまりに声が近いので、ルーピンは目を閉じて平静を保つ。
「至近距離で見る人間の顔はグロテスクだ。誤解のないように言っておくが、君の顔は好きなんだよ?シリウス」
 真実彼はそう思っていた。冗談めかした言葉よりは却って幾分強く。屈託なく人を思い全身で信じる育ちの良さも、嘘や妬みや媚びを全否定してしまえる清冽さも。すべてシリウスの眼に、輪郭に鼻筋に表れている。ルーピンはそれを本当に好きだった。
 目で見る代わりにルーピンの指はシリウスの瞼を撫で、頬を過ぎ、唇に触れる。シリウスがふざけて親指を噛んだ。くすくすと笑って2人は口づけを交わす。
 胸の内はいたたまれないが、こうしていると彼は芯から実感できるのだ。失った友人を再び取り戻せたと。
 だからシリウスの顔を見る訳にはいかなかった。
 今だけは思い出さないように。
 この眼はリーマスの秘密を知ったとき、泣きもせずまっすぐ見据えてくれた眼だ。いくつかの悪戯のアイディアを話したときに混じりけない賞賛の眼差しをくれた眼だ。唇はホグワーツの誰より堂々と呪文を唱え、そして耳に心地よい声で笑った。彼の姿はすべて幼い自分の思い出と共にある。今も褪せずに。
 ディメンターが彼にキスを与えていれば、ここにいるのは物言わぬ抜け殻だっただろう。
 2度軽く口づけて、ルーピンはシリウスの下唇を甘噛みした。そして額を彼の顎に押し当てる。動かなくなった彼をどう思ってか、シリウスはルーピンの前髪に唇を当てる。
「白髪が増えた」
「言うに事欠いて……」
 リーマスが俯いたまま全ての体重をかけると、受け止め損ねた彼は、よろめいて窓枠に背を当てる。笑い声と共に額に触れるシリウスの唇の感触。
 日差しが肌に暖かく感じられる。友人の吐息も、背に廻された手のひらも、すべてが等しく暖かい。彼も、そして自分も生きている、という幸福感が暴力的に込み上がってきて、ルーピンは動悸を押さえるのに難儀をした。
 だから今はキスを。
 過去の自分達には内緒で。
 

 いつものように、肩口で安らかな寝息が聞こえ始めたのに気付いて、シリウスは舌打ちをした。
「どうしてお前はいつも眠ってしまうんだ……マグルの童話か?」
 彼が言いたかったのは、接吻で目覚める姫の有名な話だったのだが、その方面に暗い為に微笑ましい方向で引用を間違っていた。
「しかも立ったまま!なんという行儀の悪さだ」
 ぶつぶつと文句を言いながら、それでもシリウスは友人を床に投げ出したりはしなかった。上半身は自分へ凭れさせて、そっと寝室の方へ歩き出す。両足は床を引きずるに任せたままであったのだが。







目を閉じてて、暖かいから寝ちゃうんだよ。
立ったままでも人間って案外寝られるもんです。
つーか君ら窓際でかよ!とかそういうツッコミは無しで。
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