男性と犬3 僕達はものすごく忙しい。授業が終わったあと学校で遊ぶ。20分くらい。 家に帰ってからちょっとだけ新しいゲームを見せてもらいに行ったりする。1時間くらい。 ごはんを食べてから塾へ行って、そこで友達と会ったら話をする。15分くらいかな。 さっきまで誰と何を笑っていたのか分からなくなるけど、仕方ないよねこれじゃ。ミンチみたいにばらばらだもん。 昨日の8時のテレ東見たかとか、先週の仮面ライダーの続きがとか、伊藤がスパロボ外伝Y買ってさっそく投げたとか、ジャンプのボーボボZで笑って鼻からジュース吹いたとか。時間がないからものすごく急いで話をしないといけない。でも聞き逃してもいけない。僕達はこれが普通だと思うけど、母さんは「お前らの話はビデオの早巻き音声みたいでクラクラする」って言う。しゃべるのが早いってことかな?でもどっちかというと、大人の話が遅いんだよ無駄が多すぎて。(「どうもどうもーごぶさたしておりますー」とか「ナントカさんもおかわりなくてー」とか絶対あれ無駄だよね) 僕は今日学校へ行く途中、公園のベンチで本を読んでいる男の人を見た。公園は工事中みたいで、土の山があった。 下校中にもその男の人を見た。男の人は当たり前だけど朝と同じ白いロングコートを着ていた。 ……それから塾へ行くときにも見てしまった。 なんの我慢大会だろう10時間も(計算したよ)同じ場所で本を読んでいるなんて!同じ10時間で僕なんか何ヶ所移動して、何教科勉強して、何m走って、何人と喋ったと思う?10時間だよ?? 僕は気になって、いつもなら中に入らない公園の入り口を通った。 男の人は外国の人だった。外国の人が何でこんな普通の町内の公園で本なんか読んでるんだろう。見たことない人だから旅行のひとだとは思うけど、それならもっとガイドブックを見ながら写真を撮って、感激できるような所へ行かなくていいのか?という気がする。高い所のてっぺんとか古いお寺とか。 こんな土の山の横で本を読んでる場合じゃないよ。 土の山? うーん、変だあとは思っていたんだ。公園の土は白っぽいのに、真っ黒な土だったから。それに公園でこんなにたくさん土を掘るような工事があるかなー、とか。 土じゃなかった。近付いたら目と鼻と耳とヒゲがあった。何ていう種類の動物かは知らないけど、顔があったらそれ動物だよね。これ牛?馬の一種?今まで実物を見たことないけど。で、なんで公園にいるのさ。 「どこへ行っても君は子供の注目を集めるね」 外国の男の人は言った。 ああ、英語だ。英会話教室のCMで聞くやつ。「オーウ、どうのこうの」。柳田とかは習っているから、もしここにいたら通訳して貰えたかもしれない。あいつ、この時間は視力回復教室に行ってるからいないけどね。男の人の顔からして、道を聞いたり何かの場所を聞いたりしたのではないみたい。「こんにちは」とか「元気かい」とかそういう挨拶だと思う。 僕が黒いのをよく見ようとしたら、後ろから声をかけられた。 「何それ」 たぶん僕と同じように、公園の側を通っていて目についたんだろう。 「さあ。牛かなと思って」 「うし!?お前バカ?こんなところに牛いねーって!!」 日比谷は(ああ、こいつは日比谷という名前なんだけど)声が大きい。あと、すごい乱暴だ。冗談で階段から人を突き落としたりするし、気に入らないと物を投げてきたりする。母さんが「いじめはするなよ。されたらすぐ言えよ。頼むよ?」って1週間に1っぺんくらい言うけど、ああいうのもいじめって言うのかなあ。まあ僕等のグループはあんまり近付かないようにしているけど。だって日比谷ときたら先生に叱られても「うれせぇババァ」だし親に叱られても「うるせぇババァ」だから。いじめられても誰かが何とかできるようには思えないんだよね。ともかく日比谷は日比谷の仲間と一緒に「むかつく」とか「うざい」とか「うるせぇ」とか1日50回づつくらい言ってるだけの、僕とは関係ない同級生だ。(関係ないんだけど、「むかついたので殴って殺した」とかいう感じのニュースを見ると僕は日比谷を思い出す。で、ああこの人は子供のころに日比谷みたいなやつだったんじゃないかな、とか思う) 「熊だよこれは。決まってんだろ」 熊?こんなところに野放しで?この男の人の飼い熊な訳? 「日本語って、カチカチカタカタ言っているように聞こえるよね。騒霊現象みたいだ」 男の人が、また何かを言った。にこにこしている。何だろう。「どこの子供?」とか「いくつ?」とか聞かれているんだろうか。英語は中学生になってから習うんです。分かりません。 「ガイジンじゃん」 日比谷は男の人を親指で指して笑った。別に何も可笑しくないところで日比谷はよく笑う。 「さすがの君も、確か日本語はマスターできなかったんだよね。日本語は、特別丁寧な言い方と、普通の言い方、それから自分を貶める言い方があるんだっけ。それから常用文字が3種類も……。この国の人々は、君のように脳の容量が余っているに違いない」 男の人が、足元の黒いのに話し掛けているんだと気付いたのはその時だった。男の人は黒いのを見ていた。黒いのに笑いかけていたんだ。 日比谷は男の人を無視して、無造作に黒いのに手を伸ばした。 「おい、やめろって」 僕は一応止めた。目で測ったら、日比谷の頭くらいは口の中に軽くはいる。乱暴で嫌な奴だけど、目の前で動物に噛まれて死んだら困るから。 でも黒いのは動かなかった。瞬きもしなくて、ただじっと男の人を見上げていた。動物の形の置物なのかと思った。 「犬だこれ」 「犬?」 「これが尻尾!こっちが耳!」 日比谷は僕に黒いののあちこちを引っ張って見せた。言われてみれば犬の形だったけど、こんな大きさの犬っている? 「すっげー」 吠えも暴れもしないのが嬉しいんだろう、日比谷はゲラゲラと笑った。あんまり良くない。こいつは相手が怒らないとシャーペンで刺したりとか本の角で殴ったりとかをいつまでも続ける。でも犬に、それを教えたくても教えられない。飼い主は外国の人だし。 案の定、日比谷は自分で効果音を叫びながら犬を叩いたり、蹴ったりし始めた。でも犬は吠えない。すごい。大きいからあんまり痛くないんだろうか。やっぱりずっと飼い主(?)の男の人を見ている。 「おい日比谷やめろよ」 僕が思わず言った時、男の人は、ちらりと顔を上げて本を閉じた。さすがに日比谷を叱るんだろうな。外国の人は子供を叱るときに怒鳴るんだろうか。それとも叩いたりするんだろうか。しかし日比谷のことだから叱られても「ハクジンジジイが怒ったぞ!」とか言うに違いない。言葉が分からない相手をそんな風に言うのは何だか気分が悪い。まあ日比谷は通じても通じなくても「ジジイ」って言うやつだけども。 「やめなさい」 でもその外国の男の人は、日比谷を叱らなかった。ぶったり怒鳴ったりももちろんしなかった。ただ、日比谷の手をそっと取って(見たことないような手の取り方だった。握手するときや、母さんが手を引っ張る時みたないのとは違う。……うーん、スーパーの花屋さんで店の人が花を取るみたいな手つき)にっこり笑って首を振った。日比谷はそんな風に手を取られた事がなくて、おどろいたみたいだった。じっと自分の手を見て、振りほどくのを忘れてた。 男の人は日比谷の目を見ながら、大きな犬に顔を寄せた。 あれっ?と僕達が見守る中で、男の人はもう片方の手で黒い頭を撫でながら顔と顔をくっつけた。犬とだよ。それから日比谷の手を離した。 男の人が犬にキスしたんだ、と僕達が気付いたのは1分くらい経ったあとだった。 犬にキスする人ってあんまり見たことないからびっくりした。キスはドラマとかで見たりするけど。それって男の人と女の人がするものだ。 でも変だとか気持ち悪いとかは思わなかった。男の人が、ものすごく当たり前って態度だったから。「これは大事な友達だから乱暴しないでほしい」男の人はそう言いたかったんだ思う。はっきりと分かった。 なんか変なんだけど、映画の最後とかRPGのエンディングみたいに、涙が出そうになった。別に泣くところじゃないんだけど。 日比谷もしばらくぼんやりしていたけど 「頭おかしいこいつ」 と言って、走って行ってしまった。あいつにはそういう風に見えたんだと思うと、変な感じだった。僕にはこの人と犬がすごくいい友達同士なんだって分かったんだけどな。 日本の子供が全員動物をいじめるんだと思われたら嫌なので、僕は男の人にお辞儀をした。それから犬の黒い頭をなでた。予想していたタワシみたいな手触りじゃなくて、意外とやわらかかった。フワフワで、暖かい。 なんだ。なでてみたら犬だった。 犬はちょっと目を細めて僕を見ていた。僕よりよっぽど大人っぽい、むずかしい顔をしている。ここまで大きい犬だと、顔つきも普通の犬とは違うんだな。 「パッドフットが気に入ったようだね。趣味が良い」 言葉の中にパッドフットという言葉が聞こえたので、なんとなくそれが犬の名前だと分かった。指を差して言ってみる。 「パッドフット?」 男の人はうなずいて笑った。 「大きな犬!って感じの名前だね」 「名前を褒めてくれたのかな?ありがとう」 その時、伏せていたパッドフットが急に立ち上がって、ぐいっと空を顎で指した。男の人は時間のことを思い出したようで、慌てて立ち上がってぱたぱた埃を払う。どちらが主人なのか分からない1人と1匹だった。パッドフットが、ふしゅーっと大きな息をついて、それもまた溜息っぽくって笑えた。 「私達は約束があるから行くよ」 「塾があるんで、僕は行きます」 「さようなら」 「さよなら」 全然通じてないのに会話になっている(グッドバイくらいは分かったけど)。走れば今からでも授業に間に合うだろう。 「私にしては悪戯っ子への態度が優しい、と言いたそうだね」 走り出した僕の後ろの方から、男の人が犬に話し掛けている言葉が聞こえる。パッドフットは返事をしないのに、何を話しているんだろう。 「この国の人達はみんな君と同じ髪の色をしているから。優しくもなるさ」 でも、とてもその声は楽しそうだった。僕らが友達同士で話しているみたいに。外国の人は皆あの人みたいに動物を大切にして、いつもにこにこしているんだろうか。人の手を取るときにあんな大切そうにするんだろうか。だったら僕は大人になったら一度外国を旅行してみたいと思う。 「私はね、シリウス。君がその姿でいるときにこういう告白をするのが好きなんだよ」 変な話だけど、その1人と1匹の話し声を聞いていて、僕はちょっとうらやましくなった。友達でも、家族でも、犬でも、あんな風に仲良く話して、それから日比谷みたいなやつに乱暴されたときでも、当たり前みたいに全然びびったりしないで守れるような相手があったらなあって。 「何故って君は言い返せないからね」 僕は最後に男の人と犬を振り返った。黒犬は男の人に体当たりをしていて、男の人はよろめいていた。 飼い主はなんだかとても頭の良さそうなひとなのに、犬の方はそうでもないんだ、と僕は思った。 来ちゃったよ。 たぶん日本に、なにがしか お仕事があったんだと思います。 まあそう……若気(嘘つけ)の至りで 「日本来ちゃったSS」を書くのは、 ポタではよくあることです! さあ、このまま日本全国のデートスポットを総ナメよ? (そんなどっかのギャルゲーみたいな……) いや、冗談ですが。 お分かりかと思いますが先生の台詞は あぶり出しによって邦訳がでてきます。 このシリーズは初心に返りますなあ……。 (そして腕力がないのが猛烈に自覚されますなあ) 2004/01/30 BACK |