砂漠の街で友人を待つこと 空気は黄色く、金属の味がした。汗をかいた皮膚に砂と埃が付着して、俺はまるで揚げられる前のフリットのような状態だった。そして更に汗をかき、更に砂にまぶされる。衣はどんどん分厚くなった。 きっと程なく人間とは似ても似つかない、粘菌の固まりの如き姿になるに違いない。そう恐れながら、俺は立ち上がれずにいた。 リーマスはいない。 俺達はここで待ち合わせをしていた。墓とミイラで有名な国の、一番大きなこのスークで。西の出口があればそこで、なければ北、東、南と時計回りに。ただし我々が落ち合おうと決めていた日付は3日も前だった。 俺は地球を縦に半周し、リーマスは横をほぼ一周するという仕事を済ませて、我々は2ヶ月ぶりにここで会うはずだった。偶然にも仕事の終了する国が2人とも同じだったので、そこで合流することにしていたのだ。 目の前をヤギが歩いていく。買われたか売られるかするものだろう。詠唱に似た物売りの声が市場から聞こえる。そしてテープ売りの流す、ひび割れた音楽も。俺があまりにもがっくりと頭を落としている所為だろうか、物売りも物乞いも近寄ってこようとしない。旅行者に見えないのかもしれない。ガラベイヤを着た男性が、数人の子供達にボールを蹴る遊びを教えているが、こちらには見向きもしなかった。 さて、3日間である。72時間の遅刻だ。 もともとリーマスは人を待つことが苦にならない性質らしく、学生時代など何時間でも平気で待っていた。しかし逆に何時間でも人を待たせる男でもあった。本人に責任はないのであるが、出がけに袖が破れたとか目の前で年寄りが気絶して倒れたとかその手のトラブルに遭いやすい体質のせいで。ジェームズが更にその上をゆく時間感覚の無い男で、我々の待ち合わせときたら、上手くいった試しがなかった。 昔のことなので忘れていたが、待ち合わせは我々にとって鬼門だったのだ。 いや、鬼門であろうとなかろうと、72時間も遅れた俺に非があるのは明白だが。リーマスはこういう事では決して怒ったりしない。しかし我々の現在の立場からして、色々と嫌な状況を予想したに違いない。 50度にも60度にもなるという気温が、血管の奥から身体を焼く。これからどうするべきかという筋道だった考えが、頭頂から揮発してゆくようだった。人間が普通の機能を発揮できる温度とは思えない。故郷の夏の暑さで不平を言っていた自分を、懐かしくそして忌々しく思いだした。 あの家がもし今もあるなら、話は早かった。あそこへ帰ればいいのだから。リーマスも一足先に帰っていただろう。しかし残念ながら、現在の我々は定住する家を持たなかった。 鳥を調達して彼に連絡を取る必要があった。偽名と暗号を使って、時間と場所を指定し再び会う。そう、我々は身の安全のためにこの2ヶ月、何の連絡も取っていなかった。姿はおろか、独特な形をした彼の筆跡すら目にしていない。 我々にはどうしても為すべき事があるのだから、会いたいとか声が聞きたいとかいう種類の、詮無い我が儘は意識にのぼらなかった。相変わらず庭の草木でも見にいく調子でドアを開けた彼の「じゃあ2ヶ月後に会おう。元気で」という言葉を信じていたので、相手の無事も疑ってはいない。しかしすっかり慣れてしまったものが突然大量に側から抜け落ちるというのは、思ったよりも多くの打撃をこの身に与える。夜中に小さく聞こえていた咳や、ちょっとした疑問にすぐに答えてくれた自分以外の知識や、あの素っ頓狂なジョーク。 「そう言えば君の顔は、あの国で有名なファラオのマスクに似ている」 と、出発の日リーマスはそう言った。 俺は彼のその台詞が冗談なのか、それとも彼流の嫌がらせなのか、或いは単に本心なのか判別しかねてしばらく瞬きをしていた。 「あれ、何か私はショッキングなことを言ったかな?」 「ああ……うん。一般的にあまり嬉しいという感情は湧いてこない言葉なのでは?」 「何故。目尻がきりっと上がっていて、とてもノーブルなのに」 「しかしまあ……中身は死体だ。しかも内臓がバラバラに収納された死体だ。あまり目出たいものでもなかろう」 「きちんと復活できるように保存してあるんだよ。マグル界と魔法界、どの地域のどんな文化でも、死者を悼み、惜しみ、幸福を願う気持ちがあるというのは素敵なことだと思うけどな」 「バラバラにするのは特殊だ」 「どうして?部品さえ揃っていれば、きちんと組み立てられると考えるのは普通の発想じゃないか」 「……話題をもう少し縁起のいいものに変えないか?」 「もちろん。君が望むなら」 それから我々はラクダの話をした。足の運びが馬とは違うのでかなり揺れが激しい、といった内容の話を。しかし俺の頭の中からは、以前図鑑で見たミイラの製造法がなかなか去っていかなかった。腎臓や心臓、肝臓や脳、それらを別々の壺に収めるやり方。壺を飾る獣面の神々。 おそらくリーマスを分解するとしたなら、「奇妙なジョーク」の壺が必要に違いない。そして俺はこっそりとその壺を側に置きたいと思う。そう考えて黙り込んでしまった俺を、すっかり出発の準備が整った彼が不思議そうに見ていた。 子供の頃は到底ついて行けなかったが、大人になったいま俺は彼の不思議なジョークをとても気に入っている。それは時に俺の思考をストップさせ、時間を狂わせ、どういう魔法でか俺を幸福な気分にする(もしかすると彼にしてみればジョークではないのかもしれないが)。中毒していると言ってもいいかもしれない。聞かずにいると居ても立ってもいられなくなるくらいには。 もうすぐスークの終了する刻限だった。店主達の子供だったのだろうか、ボールで遊んでいた彼等は挨拶とおぼしき声を上げながら方々へ散っていく。子供と遊んでいた男も、ヤギを牽いている男も、帰り支度をしていた。 鳥を調達しなければならない。そして「何でもいいからジョークを書いて寄こせ」と追伸に記そうと思う。この際アヌビスに似ていると言われるのもいいだろう。いや、彼のジョークは常に予想の斜め前をゆく。 立ち上がった俺に、先程まで子供と遊んでいた男が近付いてきて、頭のかぶり物を取った。 「おつかれさま。随分痩せたようだ」 民族衣装を着ていたが、若干日に焼けてはいたが、それは確かに旧友だった。俺は信じかねて言った。 「……3日も経っている」 彼は俺と全く同じように砂と埃にまみれてすっかり汚れた顔で、しかし朗らかに笑う。 「12年間もぐずぐずしていたんだよ私は。3日くらい一瞬だ」 不覚にも、俺は表情を取り繕うことも出来ず、ただそこに立っているしかなかった。 旅とシリルシリーズ……?(笑) シリウスさんは色々な物に似ているようです。 (先生にしてみると) このあと彼等はついでに観光して 墓とか墓とか墓を見て回ります。 そして日射病に下痢に脱水症状 期待にそむかずフルコース全部こなす男シリウス・ブラック。 先生は案外適応。 でもねえシリウスさん、 「ジョークが聞きたい」って結局「会いたい」って ことだよ……。 2004/04/30 BACK |