Full of pain





 彼等は活動の都合上、数ヶ月間離ればなれになり、連絡も取れぬ事態に陥る事が時折あった。
 友人がどこで何をしているかは大凡把握しているものの、詳細は勿論知らされない。現状についても。しかし嫌な噂だけは流れた。シリウスは、友人の赴いた先で裏切り者が情報を漏らした為に死者が出たと聞いたし、ルーピンはシリウスを含む20人のチームの中から、生還した者は7人しかいなかったと耳にしていた。
 友人から手紙は届かない。
 自分が近親者への連絡でさえ当分禁じられている以上、相手もまた同じ事情があるのだろうと考えることは出来たが、感情が揺れることは止められなかった。
 彼等は別々の任務が終了すると、外国で再び落ち合う習慣だった。あらかじめ打ち合わせた市場の入り口や、美術館の絵の前や、下町の安宿で。彼等は互いを待った。5時間でも、72時間でも。

 寝台に腰を下ろしたシリウスは呟く。「リーマスはむかしから妙なところで要領がいい」。大きな怪我は何度もしたが、彼は必ず生きて帰ってきた。彼がいなくなればシリウスがどうなるかをルーピンは知っている。

 知らず早足になりながら、ルーピンは坂の上に見えている安宿の、シリウスがいる筈の部屋の窓を見上げる。ルーピンはシリウスの魔法の強さを何度も思った。ホグワーツでも騎士団でもシリウスの魔法はほぼ最強で誰にも負けることはなかった。何より彼がハリーを置いて敗れるような真似を自分自身に許すはずがない、そう考えるルーピンの頬はしかし強張っていた。

 彼は部屋にいる。
 彼は今ここに向かって歩いている。
 彼は私を待っている。
 彼は今階段を昇っているきっとそうだ。

 足音がして、ドアのノブが回った。
 記憶より痩せた顔が自分を見ていた。見たこともないほど不安に満ちた彼の眼。彼等は相手の顔のあまりの悲痛さゆえに、その場で繰り返し詫びたくなった。
「リーマス」
 声は記憶通りに、ルーピンの鼓膜を震わせる。低く理知的なシリウスの声。
 ドアが閉じた。
 ルーピンは手を差しだし、シリウスがその手を取った。衣擦れ。
 会えなかったこの数ヶ月、きちんと食べていたのか、何か危ない目に遭わなかったか、辛い思いをしなかったかを尋ねたかった。彼の返事を聞きたかった。声を聞きたかった。きつく抱擁をして、手を取り合い、笑い声を聞きたかった。懐かしいあの目を見て、口付けをして、自分はとうとう彼を失って独りになってしまった訳ではない事を確認したかった。狂おしく触れたかった。髪や頬や額や。
 水を飲みたかった。空腹を感じてもいた。水を浴びて埃を落としたかった。しかし彼等はそれをせず、抱き合った。
 額を寄せ、口付けをした。髪に手を差し入れ、懐かしい感触を確かめた。髪からは汗と埃の匂いがした。しかし紛れもなく彼の匂いだった。
 押し倒したのか引き倒したのかは分からない。彼等は倒れ込んだ。安宿の寝台は、やわらかい音で軋んだ。どちらも許可を求めなかった。ただ慌ただしく互いの衣服に手をかけた。どちらが恐れていて、どちらが宥めているのか。どちらが飢えていてどちらが与えているのか、それは最早どうでもいいことだった。相手が取り去れなかった衣服を自ら脱ぎ靴が床に落ちて、彼等はその一瞬ですら惜しいという強さで再び口付けた。どちらがどちらを抱いているという区別もなかった。数ヶ月前よりも明らかに肉の削げた体に手を這わせ、新しい切り傷に口付けをした。浮きでた骨が、以前と違う陰影を肌の上に作っている。
 窓から差し込む力のない陽の光。
 いつになく強く扱われて、彼は声を上げた。大抵の場合は声を抑えるのが彼等の常だったが、今は自分のあげる声が相手に安心をもたらすと彼は知っていた。お互いに知っている。彼は掠れた声で相手の名前を呼んだ。指が与えられ、彼は背を逸らす。足が絡められ、腰が擦り付けられた。髪を引かれて位置が変わり、彼等は互いの名を囁きあった。
 頬を撫でると、うっすらと目が開けられ、それでも彼は微笑みのようなものを浮かべる。

 おそらく自分達が本当にしたかったのは、互いにしがみついて大声で泣き、自分がどんなに不安だったか子供のように訴える事だったのではないかと彼等は思った。
 いなくならないでほしいと、ずっとここにいてほしいと。もう部屋から出ることなく一緒にいてほしいと、プライドも何もかも捨てて叫びたかったのではないかとそう思った。
 しかし2人はそれが許される状況にはいない。だから互いの体を貪っている。彼等はそう考えながらちぐはぐなタイミングで達し、しかし解放は許されず容赦ない挿入があった。喘ぎ声が耳に注がれ、背中に爪が立てられ、疲労に痛む背骨が悲鳴を上げた。手足が重かった。しかし彼等は互いを離さなかった。
 彼の声を聞くために、無心に舌を動かし歯で噛んだ。彼の声が嗄れるまで。彼の声が嗄れても。肩に縋った指が、汗ですべって落ちた。その手を掬い取り、唇を付ける。
 応えて震える肩、暖かい胸、甘い哀願、見ても触れても聞いても、それでもまだ不安だった。恐ろしいほど深い不安。その真っ暗な底に落ちぬように、彼等は互いに縋り付いた。

 快感は泥のように醜く圧倒的で、感覚器を塞ぎ彼等の何もかもを飲み込んだ。美しい感情も、気違いじみた不安も、すべて沈んで失われた。日が暮れ夜の風が吹き込む頃、漸く彼等は行為を終え横たわった。相手の肌に、唇と瞼を押し当てて。祈るような顔で彼等は眠りについた。













そのあと、ちょっと眠って
「食べて飲まないと、死ぬ、から…」
とか互いに励まし合って食事に行くと思います。
目の下に隈が出来ていて、髪が乱れ、無言。
(どの話題も最後は相手を責める口調になってしまいそうだから)
なんか死神が2人食事をしているようだったことでしょう。
鬼火が見えたことでしょう。
商売の邪魔だから早く帰ってくれー!(飲食店主の心の声)

ポエムに入れたかったのですが
ほんかくてきすぎるのでこちらに。

2008/01/03