バースデーと贈り物1
シリウスの誕生日を祝うためにルーピンの用意した夕食は申し分のないものだった。赤ワインでひたすら煮続ける、作り手の性格によく合った料理は濃厚で、シリウスの舌を満足させた。ほんの少し上等のワインとシャンパンと、ほろ苦いデザートと紅茶。 楽しむための議論と、少し感傷的な過去の話や、最近2人の間で取り沙汰される事が多くなった健康についての豆知識など、会話にも堪能したシリウスは、上機嫌で親友兼恋人を食後の散歩に誘った。 空の食器を運びながらルーピンはその誘いを了承する。そして椅子に座っているシリウスの側へ来て床に屈み、彼の足首に少し触れた。同じく手首を取って何かアクセサリーのようなものを巻いた。 初めは床にフォークでも落ちていたのかと思い、またその次は何かプレゼントを直接付けてくれたのだと考えたシリウスであったが、その予想は両方とも違っていた。 彼の手首と足首は、布の拘束具によって椅子に固定されていた。 目を閉じて、覚悟を決めるためにシリウスは深呼吸をした。 彼の親友にして恋人リーマス・ルーピンは、不思議なプレゼントセンスの持ち主である。 彼の贈り物は人を嬉しいような嬉しくないような、微妙な気持ちにさせた。または心臓が痛くなるほどドキドキさせたり、不吉な予感にヒヤリとさせたり。なんにせよ退屈からは程遠いもので、シリウスは彼のそういう面も嫌いではなかった。嫌いではなかったが、もう少し控えめでお願いしたいとは思っていた。 「リーマス」 「うん」 ルーピンはいつの間にか赤と黒の美しい装丁の本を開いている。余程読み込まれたのか、その本には付箋代わりの紙切れが山のように挟まっていた。 「誕生日のプレゼント?」 「そうだよ」 「見間違いでなければ『サディズムの愉しみ』と書いてある」 「見間違いじゃない。100年ほど前の本だ」 「俺のこの状態からして、その本の内容を実践しようとしている?」 「その通り。驚いたかな?」 「……そうだな。驚いたうえに手に汗握っている」 「それは何よりだ。君はびっくりするのが好きだろう」 「……………………うん」 「すごい間が空いたな。そうだ、最初に説明しておくと、この遊びをやめたくなったら『いたずら終了』と私に言うこと」 「それ、忘れるなよ?」 「大丈夫、大丈夫。あ、豚」 「……豚!?どこに!?」 「いや、この本に相手を豚と呼べと書いてあるんだ」 「……それは多分もっと蔑みの言葉と共に言うべきなんじゃないのか?」 「えーと……おいしくなさそうな豚」 「業者か!」 「でも豚と君の共通点って、すごく少ないから難しいな」 「類似点から攻めなくていい」 「犬だとどうだろう。行儀の悪い犬め!」 「いつも言ってるな」 「そうだね。あと平手で打ったり、蹴ったり殴ったりも効果的だと書いてある」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「勿論、君を撲ったりしないけど」 「その微妙な沈黙も演出なのか?」 「それはどういう……」 「いや、いい。じゃあ俺を縛り上げて眺めるだけですか?先生」 「目隠しや猿轡をプラスしようか?」 「このままでいいです」 「そうだね。私も君の顔が見えていた方がいい」 「意見が合ってよかった。……いま随分ページを飛ばしたな。2、30ページはあった」 「このあたりはあまり参考にならなくて」 「ああ……何が書いてあるかは全然分からないが、昔からお前はその系統が苦手だったな」 「入学したての男の子や、君やジェームズは好きだったね。しかし小さい男の子だけではなく、大の大人が性的な遊びに活用するとは、一体人間はどうして……」 「……どうして?」 「果てしなく脱線しそうだからやっぱりいい。後片付けも大変だからこの遊びは採用しない」 「なんだ、せっかくルーピン教授とスカトロについて討論―――」 「シリウス、口を閉じなさい」 「はい、黙ります」 「次の項目……刃物。ちょっと取ってくる」 「台所の?調理用の包丁を?待て、待てリーマス」 「そんなに必死にならなくても待つよ」 「拘束されて、調理用の包丁を突き付けられるのは楽しいだろうか?」 「ちょっと強盗みたいだね。あははは」 「ちょっとじゃなくてかなり強盗みたいだと思うぞ」 「うーん、でもナイフで君の衣服のボタンを1つ1つ切り離したり、首筋や腹を撫で上げたりすると楽しいらしい」 「誰が」 「君が」 「……同意しかねる。それ以前に、簡単な野菜の細工も出来ないお前が調理用の包丁でボタンを切り離せるだろうか」 「あっ……確かに」 「目的を達成する前に、お前が指を切るか、俺の腹に刺さるか、どちらにしろ血を見ると思う」 「サディズムって案外難しいんだなあ……結構勉強したんだけど」 「いたずら終了?」 「……不本意ながら。でもせっかくだからマッサージでもしようか」 「マッサージ?」 「ほら、アジアを旅行をした時に体験しただろう。あの店でもらった指圧点の配置図、面白かったから覚えたんだよ」 「へえ……」 「いかがですか、お客さん」 「あ、なかなか……」 「それはよかった。右肩の方が硬いね」 「しかしリーマス……」 「うん?」 「……どうして俺は縛られてマッサージされてるんだろう……」 「誕生日だからじゃないかな」 「そうか……」 「誕生日おめでとう」 「ありがとう……」 恋人の骨ばった指が、柔らかく首筋の両側を押していくのを感じながらシリウスは少し遠い目をした。おそらく世界的に見ても、誕生日に同じ経験をした人間は少ないに違いなかった。 今回の彼の敗因は百年前の本を参考にした点だとシリウスは推理したが、来年に現代の教本を参考にされても困るので、黙っていた。1年前の惨劇、2年前の地獄の事を思えば、今年などは穏当な誕生日だとも彼は考えていた。 ルーピンが「そうそう、食後の散歩に行こうという話をしていたのだった。枷を外したら、あとで出掛けよう」と言った。「手枷はそのままで、腰を紐につながれての散歩じゃなくて?」とシリウスがふざけて答えると、「君の好きなように」と彼は返事をして、やわらかくて温かい、おそらく唇だと思われるものが素早くシリウスのつむじに触れて離れた。 あまりに一瞬のことだったので、さすがのシリウスも反応しそびれて、ただぽかんと友人を見上げた。 ルーピンは素知らぬ顔をしていたが、目が合うと少し笑った。 シリウス誕生日おめでとう! 誕生日が分かってとても嬉しい。 ちゃんと切手を貼ったバースデーカードが悪魔から届いて、 ラグビーの試合で賭けをしないか?というメッセージが書かれていて云々 ってお話にしようと思ったけどやめました(笑) 何で記念すべき第1回目のシリウス誕生祝いがSMなのか… もっとベーシックなあれやこれやをやればいいのに… と思われた方がいらっしゃる気がしますが、 すみません、私けっこうシリウス誕生祝い作品を書いてるんです漫画も文章も… しりる作家さんへプレゼントするときはシリウス誕生日ものって大昔からの習慣で…。 なのでベーシックなあれやこれやは済んでます。今年は!SM! 2015.11.03 |