誕生日とプレゼント8
「ふつう誕生日のプレゼントに恒星は贈らないよね?」 休日の午後、義父の家を訪れたハリーは紅茶から立ちのぼる湯気に眼鏡を曇らせてそう言った。 予算を度外視して座り心地のみを重視されたソファの柔らかさは相変わらず悪魔的であったし、部屋の暖かさや湿度、さりげなく配された手作りの家具や装飾品、同郷人ならば誰でもここに少しでも長く滞在したいと思わずにはいられないだろう完璧な居間だったが、今回のハリーには心地良い空間でのんびりくつろいでいられない訪問目的があった。 「ああ、そうかもしれない」 アズカバンを出た時に骸骨同然だったハリーの義父は、時間の経過と共に人間らしくなりかつての男前振りを取り戻し、しかしそこでは止まらず、年齢に逆行して輪郭がどんどんシャープに変化し表情は華やかになり義息のハリーの目から見ても「そういう種族なのか?」という疑問が浮かぶほどの美貌を誇っている。いまも起きたばかりなのか物憂い顔をしているが、何かの撮影のためにポーズをとっている俳優のようにしか見えないのだった。 しかしこの義父は容貌のみならず何かにつけて型破りな人物で、それは魔法においても例外ではない。昨年は恋人へのプレゼントとして恒星を作ったと聞かされたとき、嫌な汗が止まらなくなったのを思い出してハリーは苦い顔をした。 「非常に言いにくいけど、問題になってます」 ハリーの義父とそのパートナー、シリウスとルーピンはきょとんとした顔をした。この2人はどちらも世慣れているようでいて妙に世間知らずなところが似ているのだった。 「法には違反していない」 「シリウス、「地球を割ってはいけない」という法律はないでしょう」 「うまい反論だ。しかし何の問題があるんだ。星の光が地球に届くのは310年も先の話なのに」 「いや、うん。魔法としては素晴らしいと思う。距離の問題をどうやってクリアしたのかとか、恒星に必要な質量をどうやって集めたのかとか想像もつかない。でもそういう前例のない大がかりな魔法は事前に発表して合同で試験するべきだというのが一般的な考え方です」 「そこいらの研究者達と共同で進めたら10年はかかる。距離は時間の魔法と組み合わせることで解決した。お前ならできるだろうから恋人に贈るといい。実にロマンチックな魔法だ。リーマスときたら「まだ光っていない星をプレゼントするなんてまるで結婚詐欺師みたいだ」と」 「えっ……それはロマンチックな感想なの?」 「ただの詐欺師ではなく結婚の付く詐欺師だぞ。珍しくリーマスが口をすべら……言わない。これ以上喋らないから離してくれ」 ルーピンに耳を引っ張られて大げさに痛がってみせるシリウスに、慣れたハリーは微笑で場を流した。 「職場の知り合いから情報が流れてきたんだけど、魔法法執行部と魔法警察部が合同で調査を開始するらしい」 「アズカバンはどうあっても専用プライベートルームに俺を招待したいらしい」 「君ね、あそこをジョークにする悪癖はいい加減やめないといけないよ 「まあいきなり法廷という事にはならないと思う。ましてや実刑判決は出ないよ。使った魔法に関する資料はある?」 考えていたよりも事態は深刻だと2人は漸く悟ったらしく、やや真面目な表情で顔を見合わせた。 「概要とプロセス詳細はノートに書き留めてある。30冊ほどになるが」 「まず調査会が開かれる筈。そこでブチ切れて悪態をついたりせずに一切合財を提出して、恋人への愛情ゆえに我を忘れたとかなんとか語れば無罪放免だよ。たぶん」 「愛情……」 ルーピンが笑顔のまま目を細める。 「こちらには疚しいところは何もない。ペンシーブでも開心術でも受ける」 「ペンシー……」 更に笑顔のまま青ざめて片手で額を押さえたルーピンを気遣って、シリウスは慌てて付け足した。 「しかし俺にはそういう趣味がないので、特別にプライベートな記憶については死守する方向で努力したい。特に10年前のお前の誕生日に俺達が―――」 ぐぐ、と音がしそうなほど悲壮な顔で空気を飲み込んで、ルーピンはそれでもまだ辛うじて笑顔だった。 「君がこの件で罪に問われずに済むなら、私は何が公になってもかわま……かまわない。それこそ何の法律にも違反していない、し……」 賢明なハリーは勿論何も尋ねなかった。 会話がひと段落するのを待っていたように、一拍置いて大きくドアが叩かれる音がした。来訪者はノッカーを使わずに直接拳で訪問を知らせるのを好むようだった。 「シリウス・ブラック氏は御在宅かな」 居間にいた3人は互いを見た。シリウスが別人のように冷たい表情になって扉を開けるために廊下へ出ていった。ハリーは少しルーピンの肩に触れ、シリウスを追った。その日は晴れていたが雪が残っており、扉の向こうは、やけに眩しく見えた。ブルドッグを思わせる体型と容貌の男、そして痩せた髪の短い初老の女が立っていた。 「我々は魔法法執行部から来ました。ご面倒ですが本部までご同行願えますか?お着替えになるなら待ちますぞ」 役人の靴についた泥と雪がドアマットの上に散っていた。シリウスは口を真一文字に結んだのち何かを言いかけたが、背にハリーの手が置かれて自制心を取り戻し、幾度か瞬きをして了承した旨を役人に告げる。 「シリウス」 立ち上がって廊下に出てきたルーピンを見て、シリウスとハリーはぎょっとした表情を浮かべた。 シリウスはすぐさま駆け寄って彼を抱きしめた。こういう場においてのスキンシップは常日頃なら格闘の達人のような華麗なバックステップで躱すルーピンだが、さすがに今回はおとなしくシリウスの腕に収まった。 「大丈夫だリーマス、落ち着け」 彼は怪訝そうに 「落ち着く?私が?君ではなく?」 と尋ねた。シリウスは無言でルーピンの右手を取り、彼が握ったままだったティーカップをそっと外して傍の棚に置いた。 ルーピンは自分が手に持ったカップからミルクティーを床の上にまき散らしながらここまで歩いてきた事にその時初めて気付いたようだった。 「……確かに。私は動転しているみたいだね。すまない」 「すぐに戻る。なんなら一緒に行ってもいい。俺の保護者として」 抱きしめた体を揺らして、朗らかな声でシリウスはそう言った。ルーピンも平静な声で冗談を返す。 「この家で待っているより精神衛生上よさそうだ。君の夫として同行するよ」 シリウスはルーピンの耳に口付けた。ルーピンが制止しなければ、この家においてこのオペラのように熱烈な愛情のやりとりは無限に行われるのだった。それをシリウスとルーピン以外の3人は無力に見守った。入口に掛かっていた外套をそれぞれ手に取った2人に、ハリーが肩を落として謝罪をする。 「なんだか……ごめんね。先生、シリウス」 「君が謝ることはないよ。どちらかといえば悪いのは私だ。そもそもシリウスに形に残らないプレゼントを望んだのは私なんだから」 ハリーにつられたように、魔法法執行部の役人2人までもが妙な顔をしてシリウスとルーピンに詫びるのだった。 「ごめんなさい」 「……?……なぜあなた方が謝る?」 そして扉の向こうから、嗅覚をくすぐるかぐわしい香りが、家の中にまで流れてきた。2人は少し眉間にしわを寄せたそっくりな表情を浮かべ、ほぼ同時に一歩を踏み出し、扉の外に出た。 扉の中からは見えない、庭の両サイドでは青少年たちが様々な種類の肉を焼いていた。あるいは野菜を。2月の厳寒のなかでのクレイジーなバーベキューだった。多くは見覚えのあるハリーの友人達で、幾人かは闇払いの仲間たち、もしくはホグワーツの教師だった。誰もが2倍ほどの体積に着ぶくれて、頬と鼻の頭を赤くして鉄串と格闘している。大きな鉄の容器の中で幾つもの炎が燃えていた。 2人は振り返った。そこにいたのはハリーと、ロンとハーマイオニーだった。ハリーが珍しくもじもじとしながら呟く。 「ええと、仕返し」 シリウスがやや早く現実に立ち返り、掠れた声で答えた。 「ああ、ホラーハウスの……」 「まさか先生があんなに……えっと……驚かせてしまうとは思わなくて本当にごめんなさい」 「……いや。ホラーハウスで君達の受けた恐怖が身にしみてよく分かったよ」 普段よりかなり早口になって、ルーピンは何とかそれだけを喋る。 「何かシリウスが思ったより愛され……アーッ」 決して口にしてはいけない真実を言いかけたロンの両方の脇に親友2人の肘がめり込んだ。 ルーピンは目立たないようにそろりそろりと後退し、人の群れにまぎれようとした。かつての教え子からホットラムとグリューワインをすすめられ、迷わずラムを受け取って飲み干した。 それを眺めていたシリウスはぷっと噴き出す。そして3人の仕掛け人に笑いかけた。 「ありがとうハリー。ハーマイオニーとロンも。リーマスのためのパーティーだろう?」 「違うよ。バーベキューがしたかっただけ」 「しかも遠慮して2月に」 「寒いと肉類が食べたくなるじゃないか」 「チキンもたくさんあるし、あとでマシュマロのチョコレート掛けもやるのよね」 ニットの帽子をかぶったハーマイオニーが戦闘準備とばかりに髪をくくりながらハリーに笑いかける。 「……そうだよ」 「見事に騙されたな。さすがハリーだ。じゃあ折角だからチキンを頂こう」 「チキンはフレッドが焼いてる。あそこ」 シリウスは段々と愉快な気持ちになりながら様々な食材を眺めて回った。ビーフ、ソーセージ、ハム、パテ、マフィン、コーン、キャベツ、卵、アスパラガス、ジャガイモ、人参、もちろんチキン。炎は暖かく、若者たちはふざけて歓声を上げたりお喋りをしたり音楽をかけたりと思い思いに楽しんでいる。ふと顔を上げるとこちらを見ていたらしいルーピンと目が合った。彼は露骨に硬直している。フレッドからチキンの串を2本受け取り、シリウスは根気よく手招きを繰り返した。 助けになるような天変地異を切実に待ち望んでいる様子のルーピンは、やがて諦めてシリウスのところへ歩きはじめた。精神的ダメージのせいかあるいは酒のせいか、少しよろめいている。 内から湧き上がってくる笑いに胸を揺らして、シリウスは彼を待った。 ハッと気付くとシリウスを心配する先生ねたばっかり書いている気がする…。 先生は、病気のことや友達の投獄や死別がなかったら本来なるはずだった性格に だんだん近付いているのだったらいいな、シリウスも喜ぶ…。 本人はちょっと困ってるっぽいけどね!そこもまたよし! 警察がお迎えにくるのは早朝が多いそうです。 人に見られないように配慮してくれるとか…。 2014.03.10 |