強直性脊椎炎(AS)に対する
生物学的製剤による治療



順天堂大学医学部膠原病内科助教授
小林 茂人(賛助会員)


はじめに

 体の細胞から炎症や免疫に関与する物質が分泌されます。 その1つは「サイトカイン」と言われ、多くの種類があり、 生体で多くの種類の反応に関与します。
 炎症を起こすサイトカインに作用(結合)して、炎症を 軽減する薬剤(モノクロナール抗体や遺伝子組み換え受容体 製剤)が開発され、関節リウマチ(RA)やクローン病などの 治療で画期的な効果が明らかになっています。

 今回は腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor:TNF)という サイトカインに対する治療についてお話しします。


TNF-αの薬理作用

 強直性脊椎炎(AS)では仙腸関節に、この「TNF-α (腫瘍壊死因子)」と呼ばれるサイトカインを分泌する多核白血球 が多数存在していることが明らかになりました。このため、 TNF-αに対する薬剤(抗TNFα剤または、TNFα 拮抗薬)による治療が始められました。

 一般的に、1種のサイトカインが多くの種類の生物作用を 起こします。また、生体ではサイトカイン同士が程度の差こそ あれ、互いに共通の作用を補っているという複雑な関係にあります。
 サイトカインは生体の恒常性(ホメオスターシス)に関与し、 炎症の増幅・減弱や組織の治療など、生体にとって良い反応にも、 有害な反応にも関与しています。
 生体に有害な、強力な炎症反応をとめる目的のために、抗TNF α剤または、TNFα拮抗薬が使われます。


抗TNF-α製剤の種類

 TNF-αに結合する抗体(マウスおよびヒト由来の構造を持つ モノクロナール抗体)として作成されたのがインフリキシマブ (商品名:レミケード:田辺製薬・セントコア社)です。TNF-α に結合して、TNF-αの作用を抑制します。

 一方、TNF-αが作用する際に、細胞の表面にTNF-αが 結合する「TNF-α受容体」を合成したのが、エタネルセプト (商品名:エンブレル:ヒト型TNF-αの遺伝子組み換え受容体) です。産生されたTNF-αがこの受容体と結合し、TNF-αの 炎症作用を抑制します。

 これらの薬剤は、関節リウマチなどで治療承認を受け、欧米において 強直性脊椎炎などの治療に対する許可を受けています。


治療方法

 関節リウマチに対する基本的な治療は、「TNF-αに対する抗体」 であるインフリキシマブ(商品名:レミケード)は体重1kgあたり、 3mgの用量にて、2時間かけて点滴静注します。点滴終了後2時間までの 経過観察が必要です。
 投与開始日を0週とすると、0、2、6週の点滴後、その後8週ごとに 点滴を繰り返します。欧米のAS患者は5mg/kg(体重あたり)のようです。

 一方、「TNF-α受容体」であるエタネルセプト(商品名:エンブレル) は1回25mgを週2回の皮下注射で治療します。
 はじめの2週間は通院、その後、自宅で皮下注射が認められました。 通院間隔は2週間ごととされています。現在、市販後調査中です。


生物製剤の治療適応

 強直性脊椎炎(AS)の「TNF-αに対する抗体」や「TNF-α受容体」 は生物学的製剤と呼ばれますが、強直性脊椎炎(AS)の治療適応は、 欧米の臨床研究グループ(ASAS)によると、
 1) 4週間以上の疾患活動性があること
 2) 疾患活動性の尺度(BASDAI)で4点以上あること
以上の基本条件を満たした上で、専門家の意見・判断によると報告されています。

 その他、これまで生物製剤以外の治療に反応しないこと、感染症にある人や 悪性腫瘍がある人・悪性腫瘍の既往のある人は治療市内ように注意されています。


治療効果

 関節リウマチに対する生物学的製剤の治療効果は非常に良いことが 知られていますが、一方、2割は全く無効、2割が効果が不十分である と報告されています。
 強直性脊椎炎での有効性に対する報告を列挙しますと、
  1. エタネルセプト治療では、50%以上の活動性(BASDAI)の 改善率を56%の患者さんで認めた(対照で6%:Brandtの報告)。
     治療後24週時点での57%の患者さんが、 臨床評価項目の20%以上の改善を示した(対照22%:Davisの報告)。

  2. インフリキシマブ治療では、53%の患者さんにて疾患活動性が 50%以上の改善を示した(対照9%:Braunの報告)。
     多くの種類の評価項目(コアセット)での判定でも、 6週後の時点では治療後60%以上の改善を示し、 14週時点では75%以上の改善を示したと報告されています。
 治療に関するASの特徴は
  1. 仙腸関節炎・脊椎炎に対する著効する薬剤がないこと
  2. 年齢がRAと比べて若いため、肺などの臓器合併症が少ないこと
    高齢者に比べ感染に対する抵抗力が保持されていること
  3. 一般的には50歳を過ぎると症状が消褪化する傾向にあるため、
    長期に亘って治療する必要がない可能性があること
などです。


有害事象・副作用・注意点

 感染症、アレルギー反応、薬剤性に起因する全身性エリテマトーデス様症状、 心不全、神経疾患(多発性硬化症など脱髄性疾患)、悪性リンパ腫、 その他の悪性腫瘍などが有害事象・副作用・注意点として重要です。

1) 感染症
 結核や弱毒菌による感染症(日和見感染症)が大きな問題点です。
 米国の一般人の結核発症率は6.2人/10万人ですが、 欧米の関節リウマチ(RA)患者でインフリキシマブ(商品名:レミケード) 治療によって、24.4人/10万人と約4倍多い結核発症率が報告されています。

 これはスペインなど従来結核が多い国で、その影響が加味されているため とも考えられています。結核の少ない米国ではエタネルセプト (商品名:エンブレル)、スペインを含む欧州ではインフリキシマブ (商品名:レミケード)での治療が先行しています。
 この影響があると考えられます。

 日本での一般発症率は30人/10万人であり、米国の5倍にあたり、 注意が必要です。レントゲンに古い結核のあとがある患者さんには 非常に注意する必要があります。
 結核症のなかでも、特に肺外結核や栗粒結核の発症の頻度が多く、 治療中には呼吸器・感染症専門医の経時的フォローが必要とされています。 イソニアジド(0.3g/日、9ヶ月間)の予防投与も勧められます。

 ふだんは弱毒菌で、健常者・普通の状態では影響しない・頻度は少ない 細菌・微生物(ヒストプラズマ、カンジダ、カリニ、クリプトコッカス、 アスペルギウス、リステリア、ノカルジアなど)は疾患の活動期、 免疫抑制剤による治療中、高齢などの際に、肺炎などの感染症を 起こします。
 このことを「日和見感染」と呼びます。関節リウマチ(RA)で 抗リウマチ剤(DMARDS)治療中の患者さんでは0.008件/年の 発症ですが、抗TNF-α製剤使用者では、0.181件/年(約23倍) の日和見感染が報告されています。

 多くは高齢者(平均71歳)です。このため、ご高齢者は注意した ほうが良いと思います。カリニの予防にはバクタ2錠/日、週2〜3 回の予防内服が行われることもあります。この他、感染症に対する 注意点は、
  1. 生ワクチン接種を避ける(インフルエンザは死菌ワクチンです)。
  2. リステリア感染症が多いので、 非殺菌乳製品(海外のソフトチーズなど)を避ける(北海道の酪農場 で実際に聞きましたが、日本では殺菌が義務づけられているとの ことでした)。
  3. 人混みではマスクをする。鳩などのペット飼育には注意する。 造成地の土壌からの感染も稀だが報告されているので注意する。
  4. 患者の感染徴候に注意するように医療従事者を教育する。
などですが、医療の現場では最後の記載が重要であると思います。
 また、ご家族も以上のことを十分理解して頂くことが大切と思います。

 強力な炎症は抗TNF-α製剤で抑制できますが、TNF-αの 組織修復作用(傷を治す、結核菌を閉じ込める)が抑制され、その結果、 結核が再燃すると考えられています。抗TNF-α製剤が炎症症状を 抑制するため、体の痛みやこわばりが緩和されます。
 しかし、もしも感染症が起こった場合に、臨床症状(熱、せき、だるさ、 痰など)や血液の検査(CRP、血沈、白血球数、LDHなど)が抗TNF-α 製剤の作用によってマスクされることが考えられます。

 このような点は十分理解・注意する必要があります。私どもは、 よくお話をお聞きして、診察して、必要以上に注意します。 検査も頻回に致します。呼吸器の先生にはX線フィルムは診ていただきます。


2) アレルギー反応
 エタネルセプト(商品名:エンブレル)では皮下注射部位の皮診が 起こりやすいですが、回数を重ねると改善してきます。

 インフリキシマブ(商品名:レミケード)はマウス(ネズミ) 由来の構造があり、アレルギー反応が危惧されています (点滴開始30分前に、抗アレルギー剤と抗炎症剤を1錠ずつ 予防的に内服することが勧められます)。
 点滴中は症状、血圧低下、発熱などに注意する必要があります。

 インフリキシマブで重要なことは、以前治療で投与を受けた症例が、 数ヶ月以上経て、再度インフリキシマブ治療を受けた際に、 喉頭浮腫など重篤なアレルギー反応発症率が高いため他の生物製剤に 変える必要があることが知られています。

 生物学的製剤はタンパク質なので、治療中に生物が異物として 認識して排除しようとする正常な免疫反応が起こることがあります。
 生物学的製剤に反応する中和抗体が産生されます (インフリキシマブ:21%、エタネルセプト:3%の頻度)。 中和抗体には薬剤の腎などからの排出を増加し、持続効果が 減少する作用があると言われています。

 インフリキシマブはマウス由来の抗体構造があり、
  1. アレルギー反応が起こることが危惧されること
  2. 中和抗体が出来やすいこと
などから、MTXの併用が義務づけられました。

 しかし、現在、RAの生物学的製剤の治療に関しては、 生物学的製剤の単独治療よりもMTXとの併用治療の方が 臨床症状の改善効果が優れ、かつ、骨びらん (滑膜増殖によって骨の一部が欠けてしまう病変)の 修復(erosion healing)効果があることが知られています。
 生物学的製剤とMTXとの併用はRAにおいてはより効果がある と考えられています。


3) 薬剤起因性ループス(SLE-like syndrome)
 エタネルセプト治療では0.6%に全身性エリテマトーデス(SLE)様の皮診、 すなわち顔・手指の紅斑、典型的には蝶の形の紅斑が出ます。
 抗DNA抗体陽性化が報告されています。
 ほとんど1-3ヶ月以内に可逆性に有害な事象は消失しました。
 抗核抗体は治療前に23.7%から51.6%に陽性で、 治療後には53.0%−82.2%陽性と報告されています (このときの抗体価は1:10−1:10240)。

 抗DNA抗体はインフリキシマブでは治療前に29%、 治療後には53%で陽性で、エタネルセプトでは治療前に17% 治療後には25%と報告されています。
 しかし、多くは病因性のない抗体(IgM型)で、 このように自己抗体は陽性化しますが、SLE発症に進展することは 非常に少ないと報告されています。


4) 心不全、脱髄性疾患、悪性リンパ腫、悪性腫瘍
 心不全にTNF-αが関与することが推定される以前、 抗TNF-α製剤治療が行われました。結果的に心不全が悪化したため、 心機能低下の患者さんは禁忌です。

 神経疾患のうち、脱髄性疾患の治療に関しても抗TNF-α 製剤治療は注目されていました。
 因果関係は不明ですが、lenerceptという抗TNF製剤にて 多発性硬化症(脳の小さな部位の神経がまばらに障害される疾患) の症状が悪化した報告があり、このような種類の神経疾患には 禁忌とされています。

 悪性リンパ腫の発症は関節リウマチ自体で一般に比べ 約2倍多いと推定されています。
 インフリキシマブ治療では6.6人/10万人、 エタネルセプトでは19人/10万人と報告されています。 一般には人口:17.7〜24.8人/10万人との報告ですので 生物学的製剤治療によって有意に多いとはいえません。

 しかし、悪性腫瘍の発症は今後10年間以上の経過を 検討しなければ因果関係は明確化できないと考えられます。 基本的には腫瘍壊死因子を阻害する薬剤であるため、 悪性腫瘍を有する症例、既往のある患者さんには禁忌です。


5) 牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy:BSE)
 ウシ胎児血清は多くの成長因子を含み、細胞・組織の培養に使用されています。
 生物学的製剤は製造の過程において、このウシ血液成分を使用します。 製造過程において、詳細な検査・注意がなされ、市販後も調査されています。
 現時点では感染性病原体(プリオン、エイズ・ウイルスなど)の 生物学的製剤の混入事故は報告されていません。


6) その他
 妊婦、授乳時の治療に関しては禁忌とされています。
 感染症に対しては、むし歯、歯槽膿漏、副鼻腔炎、慢性気管支炎、 気管支拡張症、皮膚化膿症、中耳炎、痔瘻などが存在する方、 頻繁に起こる方は注意が必要です。
 また、C・B型肝炎や成人T細胞性白血病など、症状がなくても、 ウイルスの持続感染症のある方は禁忌とされています。


費用

 インフリキシマブでは自己負担3割で、一回200mg以内の治療、 0、2、6週間間隔の治療、その後2ヶ月おきの治療として、 最初の2ヶ月が月約7万円の負担、その後月約4万円と されています。
 社保本人では後日返金され、実際には月2.5万円ぐらいと 聞いたことがあります。

 エタネルセプトは70歳未満の自己負担3割で、 週2回皮下注射をした場合、1ヶ月分は約5万3千円です。

 治療に関わる費用は必ず聞いた方が良いと思います。 以上は年齢、所得、身体障害者認定の有無・程度、 特定疾患(悪性関節リウマチ)の有無、生活保護の有無、 被爆者の認定、高額医療療養制度適応などの条件によって 異なってきます。
 このため、ご自分の負担額は治療前に明らかに しておくことが大切です。

 ただし、これは健保適用が認定されたRA(関節リウマチ) についてであり、ASについては我が国ではまだ健保適用に なっていません。
 従って、自由診療となりますので、実際の費用は この5〜7倍の額になってしまうはずです。
 患者さんにとって、この額は問題であり、早期の治療 →申請→許可が望まれます。


治療に関する考え方、利点と問題点

 関節リウマチの治療に際して問題となったのは、

 質問1:
どの(インフリキシマブ?、エタネルセプト?) 生物学的製剤を使用すれば良いですか?
 回答:
 米国では医師よりも保険会社が製剤の種類を選ぶ 傾向にあります。
 基本的には治療方法が決定要因になるかもしれません。 2ヶ月ごとの2時間の点滴治療(インフリキシマブ)と 週2回の皮下注射で、2週間ごとの通院(エタネルセプト)。
 質問2:
 いつまで使用するのか?
 回答:
 関節リウマチでの討議の際には回答はありませんでした。
 治療の開始や終了は医師のアドバイスで、患者さんが決めます。 始まり、終わりは医師との相談のもとに「患者さん」が決めます。
 このためいつでも止めることが出来ます。

 クローン病は蝶の病変が強い時期のみ使用することも 知られています。このため、ASでは脊椎炎・仙腸関節炎が 非常に強い際に使用することが考えられます。

 ASでは関節リウマチ患者さんと比べ年齢が若いため、 肺・腎などの臓器合併症が少ないことが大きな利点と思います。 また、高齢者に比べ感染に対する抵抗力が十分保持されている と考えられます。

 また、ASでは年齢とともに疾患活動性が自然に沈静化するので、 生物学的製剤を続けることはまずないと考えられます。
 つまり、病気の方が先に年をとっていくと考えられます。


終わりに

 リウマチ・膠原病の分野で新しい治療法の選択肢が増えました。
 ASの治療効果の詳細については、最近の文献をまた後日詳細に 検討してからご報告致します。
 米国のように生物学的製剤がAS治療薬として保険適用に 承認されるように努力致したいと思います。


参考文献

  1. 小林茂人、木田一成、井上 久、RAと鑑別すべき疾患、 Seronegative spondyloarthropathy. Med Practice22: 433-439, 2005
  2. Ledingham j, Deighton C, on behalf of the British Society for Rheumatology Standards, Guidelines and Audit Working Group (SGAWG). Update on the British Society for Rheumatology guidelines for prescribing TNF α blockers in adults with reheumatoid artheritis (8 update of previous guidelines of April 2001). Rheumatol 2005: 44: 157-163.


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