(AS診や事務局電話相談において、AS患者さんから聞かれる質問を、
毎号取り上げてお答えして行きたいと思いますので、事務局宛にどしどし
質問をお寄せ下さい)
〔ASとメマイ〕
AS患者でメマイを経験した人は多いのではないかと思います。
ちょっとフラッとするというものからグルグルと周囲の世界が回って
しまう回転性メマイまで、AS患者が経験するメマイは多彩です。
ASに限らず、脳の疾患、耳鼻科的疾患、眼科的疾患、精神科的疾患、
全身性内科疾患(循環器、内分泌、血液など)、そして頚椎の疾患など、
メマイを生じる病気はたくさんあります。
また特別な病気でなくとも、老化に伴う頚椎の変形(変形性頚椎症)や
脳に行く血管の動脈硬化、その血管の壁に分布して血流を調節している
自律神経(交感神経)の機能異常などにより、一般の人でも中年以降、
1度や2度はメマイを経験することが多いようです。
初回発作時には驚いて病院に駆け込むのですが、精密検査をしても
大きな異常はみつからず、2回め以降は「またか、数日ジッとしていれば
治るだろう」と慣れてしまい、そのうちに出なくなってしまうケースが
ほとんどのようです。勿論、中には重大な原因疾患がみつかる場合も
ありますが。
ASで見られるメマイの主な原因としては、内耳の平衡機能を司る
前庭器官、さらには小脳や後頭葉(視覚中枢がある)に血液を供給
している椎骨動脈の血行障害・不全が考えられています。
図1
椎骨動脈は図1のように(ドイツの患者の会の会報Bechterew 〜Brief
より)、前頚部の軟部組織の中を通って頭蓋内に入る内頚動脈と違って、
第7頚椎を除く第1〜6頚椎の横に出っ張っている骨の突起(横突起)
にある横突孔という細い孔の中を順に通って上行し、第1頚椎のところで
大きく蛇行した後に頭蓋内に入って行きます。
このように解剖学的に特殊な走行(通り道)をする椎骨動脈ですから、
頚動脈に比べて、種々の原因で血行障害が生じ易いことは容易に想像
されます。
図2
AS患者において、この第1頚椎や第2頚椎周辺に炎症が波及すると、
稀ですが図2のように第1頚椎と第2頚椎間が緩んでくることがあります
(亜脱臼.非常に稀ですが、このために脊髄麻痺を起こすこともあります)。
そうなると、この部位で細い骨の孔を通る椎骨動脈が圧迫されたり、
蛇行が増強することにより血行障害が生じます。
首を捻じったり、上を向いたりした時にメマイが起きると訴える人が
いますが、この理屈からはうなずけることです。また、ASの病状進行と
ともに周囲の靱帯の骨化により椎骨動脈が圧迫されてくるということも
考えられます。
メマイとともに、耳鳴りや難聴といった内耳の症状、また嘔気なども
同時に見られることがあり、繰り返している人では、前夜に耳閉感がある
ので発作が来るのがわかると言います。やはり、ストレス、疲労、
あるいは悪天候などの際に起こり易いようです。
治療としては、まずは心身の安静で、それだけで数日、長くとも
数週間で自然治癒する場合が多く、さらに抗メマイ剤・精神安定剤・
血行改善剤などの使用、あるいは『むち打ち損傷』の時に使用する
ような頚椎固定具の装着、場合によっては神経ブロック(自律神経
すなわち交感神経を一時的に麻痺させて血管を拡張させる)などに
より、ほとんどは鎮静化します。
しかし、何度も繰り返す、次第に発作の程度が重くなる、持続が長く
なる、間隔が短くなるなどで日常生活や就労に大きな支障を来たすよう
になったり、あるいはまた新しくおかしな症状が出てきたような場合には、
いくつもの科で多角的に検討してもらえるよう総合病院が望ましい
のですが、そこの耳鼻科(最近は平衡神経科、神経耳科というメマイの
専門科も出来つつあります)、あるいは脳神経内科や脳神経外科で
診察や検査を受けるべきです(初回発作時に検査を受けているケースが
多いようですが)。
動脈造影や(血管に造影剤を注入する従来の血管造影検査に代わって、
最近では超音波や特殊なMRI撮影法で無痛性・無侵襲性に調べることが
できるようになった)、その他の精密検査で、椎骨動脈の内腔の病変や
周囲の圧迫因子(骨の出っ張りすなわち棘など)がみつかったなら、
カテ−テルによる血管内膜摘出術とか、突出・肥厚して圧迫している
骨の切除術、さらには血管移植術などの手術が行われることも
稀にあります。
〔ASH(強直性脊椎骨増殖症)、この似て非なるもの〕
ASH(Ankylosing Spinal Hyperostosis)は、略語もAS
(Ankylosing Spondylitis) と似ていますが、頚部〜背部〜腰部の疼痛、
そして脊柱の運動制限と症状的にもそっくりなため、しばしばASと
間違えられます。「ASですのでよろしく」という医師の紹介状を持って
AS診を受診された患者さんの中にも、「残念ながら(?)、これは
ASではなくASHでした」という返事になったケースも少なく
ありません。
ASHは、ASと同じように、広範囲に脊柱の靱帯に骨化を起こして、
最終的には脊柱の強直(可動域減少・消失)を起こす疾患です。しかし、
ASのような激痛を生じることは少なく、中年以降になって見つかる人
(発症)が圧倒的に多いこと、ASのような血液炎症反応(血沈亢進や
CRP反応陽性など)が見られないこと、HLA−B27の陽性率は
一般人と同じであること(ASのように高い相関を示さない)、
仙腸関節炎(→強直)がないこと(全くない訳ではありませんが)、
そして、レントゲン上、縦にきれいに入る靱帯骨化像で脊椎間がつながる
ASに比べて(syndesmophyte 写真1)、横方向にモコモコと張り出して
骨化像が見えることから(osteophyte.写真2)、見る人(医師)が
見れば一目でわかります。
写真1&2 AS(左)とASH(右)
しかし、両方とも滅多にない病気のために(両者間の比較では
ASHの方がずっと多いでしょう)、レントゲンで「脊椎の骨増殖・
強直傾向」が見られると、即「AS」と診断されてしまうことが多い
のです。
肥満体の人、糖尿病の人、カルシウム代謝異常がある人に多いと
されていますが、ASと同じくこちらも原因は良くわかっておらず、
脊椎に限らず四肢の関節周辺にも骨化傾向を呈するので、先天性に
全身に骨化し易い素因(遺伝)があるはずとか、あるいはビタミンA
過剰症と関係があるのでは、といった説も出ていますが定説に至って
いません。
根治療法はなく、痛みやこわばりに対して種々の薬剤や理学療法・
運動療法などで症状は軽減しますので、ASほど苦しむケースはあまり
ありません。勿論、一度、骨性に強直してしまった脊椎を再び動く
ようにするのは薬でも手術でも、現時点では不可能ということは
ASと同じです。
ごく稀に、頚椎の骨がモコモコと前に飛び出し過ぎて気管や食道を
圧迫して呼吸障害や嚥下障害を起こすことがありますが、その際には
骨(棘)切除術が必要となります。
日本AS友の会の会員の中にも、もしかすると実はASHだったと
いう人が何人かみつかるかも知れませんが、そうだとしても、疼痛や
脊柱の運動制限に悩むのはASと一緒ですのて、今まで通り、会員と
しての活動を続けて下さるようお願いします。
〔ASと激痛発作〕
電話相談で多いのが、背部、腰部、股関節、大転子部(股関節の
外側の骨の出っ張り)、踵部などに急に激痛が生じて動けなくなって
しまったというものです。
このような時には、普通の消炎鎮痛剤の内服、さらにはその座薬も
ほとんど効かないことが多いようです。準麻薬のような薬を使えば
ある程度は楽になるのでしょうが、手術後とか癌の末期とか結石発作と
いう訳ではないので、医師もなかなか使ってくれません。
このような事態は、まだASとしての病状が出揃わない初期、従って
若い人に多いので、「いったいどうなったんだ、どうなってしまうんだ」
と驚いて救急車を呼んだという人も何人かいます。しかし、初期ですから、
レントゲンを撮っても脊椎強直所見などあるはずがないので、
救急病院の当直医にASの診断が下せる訳はなく、鎮痛剤と湿布が
処方される程度で帰されます。「心因性だ」と言われた人もいると
聞きます。
しかし、それでも数日間苦しんだ後、不思議なことに、ほとんどが
ケロッと治ってしまいます。ASと診断がついて、何回も
このようなことを繰り返している人は、「何もしないで、誰かに摩って
もらいながら、あるいは患部を温めor冷しながら、ジッと我慢して
時間を待つ」というのが、ASの根治療法が無い現在では、唯一のそして
一番の対処法だということに気づきます。
ただ、腰背部の激しい疼痛発作を来たす病気は他にもあります。
AS患者が、別の病気にならないという保障はどこにもありません。
腎臓結石、自然気胸、心筋梗塞、痛風、化膿性仙腸関節炎や股関節炎
(発熱、局所の圧痛・腫脹・熱感)、骨粗鬆症による脊椎圧迫骨折
(疼痛長期化、骨の叩打痛、高齢)などの病気も頭に入れておかねば
なりません。
ASの激痛との鑑別点は、腎臓結石は血尿が見られ、ジッとして
いられないような重苦しい痛みであり、自然気胸では痰をあまり
伴わない咳や呼吸困難、時に右肩や背部痛を生じる心筋梗塞では
嘔気や不整脈、そして独特の締めつけられるような左前胸部痛、
痛風は母趾の付け根の疼痛・発赤・腫脹ですが、足や膝関節に生じた
場合には一部のASと紛らわしくなります。
化膿性仙腸関節炎や股関節炎では発熱、局所の圧痛・腫脹・熱感、
骨粗鬆症による脊椎圧迫骨折では、疼痛は長期化し、骨折を起こした
骨の棘突起(背中の中央の骨の突出)の叩打痛、そしてASでは激痛が
まず起こらない高齢者であることが鑑別点となります。
(順天堂大整形外科 井上 久)
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