『難病と地域ケア』 井上事務局長が寄稿




 『難病と在宅ケア』からASの療養・介護に関する原稿の依頼があり(平成17年5月号)、 井上医療部長が寄稿しました。AS患者自身およびご家族にとって参考になると思われますので、 出版社の許可を得て転載します。図・写真は以前「らくちん」に掲載したものですので 省略します。


強直性脊椎炎(AS)の正しい理解と療養・介護における留意点

順天堂大学整形外科・スポーツ診療科講師  井上 久


 強直性脊椎炎は、全身の激しい痛みに始まって、 次第に脊椎や四肢関節の運動性が減少・消失して 強い機能障害を生じる原因不明のリウマチ性疾患である。
 我が国では大変稀な疾患で、一般に数十年の経過をとるが、 重症末期例では脊椎が後弯(屈曲)位で一本の棒のように固まり (骨性癒合すなわち強直)、稀に股関節や膝関節も強直して 座位をとることも困難となり、立つか横臥するしかできず、 車椅子の乗車さえ困難となる。

 強直に至らなくても、ほぼ全例でしゃがみ込み動作が 困難・不能となり、低い位置にある物を扱えない。 このように特有の機能障害が生じるため、 介護やケアに際しては特別な配慮や工夫を要する。

 本稿では、日頃、患者やその家族から出される質問を念頭におきつつ、 その特殊な病状や障害の内容とともに療養・介護上の留意点につき、 専門医の立場から述べる。


1.疾患の概要(病態と治療)

 稀な疾患であることからその情報量は極端に乏しく、 そのため過大な不安を抱く患者およびその家族が少なくない。 従って、療養・介護にあたっては、 まず疾患に関する十分な把握・理解が大切である。
 未だ原因は究明されていないが、家族発生が多く、 HLA(ヒト白血球抗原)のB27型との相関が非常に高いことから (ASの85〜90%が陽性)、遺伝的要因が基盤にあることが知られており、 これに後天的要因(腸内細菌の感染など)が誘因となって 免疫異常が生じた結果発症すると考えられている。

 一般に男性は女性の3〜4倍多く発症すると言われるが、 女性は軽症例が多いため見逃されることも多く、 男女差はさらに少ないものと推測される。
 患者の9割が30歳前に発症し、 主たる炎症の場が全身に存在する靱帯(筋、腱)の骨への付着部であるため、 初発症状として、踵部、鎖骨・肋骨部、腸骨稜、背部の脊椎棘突起など 骨の突起部の痛みを訴えることが多く、 さらには頚部〜背部〜腰殿部の筋肉痛、坐骨神経痛や肋間神経痛、 時に四肢の関節痛・腫脹(特に股、膝、肩)なども見られる。
 稀に顎関節も罹患して会話・咀嚼障害を生じることもある。

 患者によって病状およびその経過はまちまちであるが、 概して加齢とともに脊椎や四肢関節の可動域性が次第に減少する。 しかし、疼痛・炎症が生じた部位すべてが固まる、 すなわち強直する訳ではないので過剰な心配は無用である。
 不安感などにより却って痛みの増強を招くことからも、 このような疾患の正しい理解が肝要である。

 重症末期例では脊椎が一本の棒のように固まり、 さらに稀ではあるが股関節や膝関節が固まった場合には、 日常生活・歩行に強い支障が生じる。 しかし、このような重症例は僅かで、多くの患者で、 可動性はある程度保たれる。
 第3頚椎以下が強直して第1、2頚椎間が未だ強直していない場合には、 頑固な項部〜後頭部痛を訴えることもあるが、多くは一時的である。

 合併症としては、炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)、 眼科疾患(虹彩炎)、皮膚疾患(掌蹠膿疱症、乾癬)などがあり、 その他、稀なものとして泌尿器疾患(腎・尿管結石、前立腺炎、尿道炎)、 肺疾患(自然気胸、肺線維症)、 心疾患(大動脈弁閉鎖不全、刺激伝導系障害による不整脈)、 腎障害(アミロイドーシス、IgA腎症)などがある。
 重篤な合併症がない限り、生命予後が格別に悪いという疾患ではないが、 近年、交通事故や転倒事故による脊椎の脱臼・骨折に伴う脊髄損傷(麻痺) から死亡に至ったという症例の報告が散見される。

 治療は、薬物療法が主体で、非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDs)を基盤に、 ステロイド、サラゾスルファピリジンやメソトレトサートなどの 疾患修飾性抗リウマチ剤(DMARDs)などが適宜使われる。
 最近、我が国でも関節リウマチに対して認可された生物学的製剤(抗TNFα)は、 欧米ではASについても汎用されつつあるが、我が国では未認可である。

 多少の疼痛があっても、発熱や全身の激しい痛みがない限り、 積極的に身体を動かすことが大切で、全身・局所の安静に固執する必要はない。
 運動により疼痛の軽減をみることが多いため、 運動療法(特にプール内歩行など)、ひいては積極的な 日常生活・社会活動を行うことが精神衛生面も含め病状改善に有効である。

 四肢の関節の疼痛や可動域制限が強く歩行困難となったり、 脊柱後弯が強くなって前方が見えなくなり歩行が危険となった場合には、 人工関節全置換術(股関節が圧倒的に多いが、稀に膝その他の関節にも行われる)、 あるいは稀に脊椎の伸展位への矯正骨切り術が行われることがある。
 人工関節全置換術により、歩行機能や日常生活能力は著明に改善し、 ADL(Activities of Daily Living)のめざましい向上を見る例が少なくないが、 手術や麻酔に際しては一般人に比べてさまざまな危険が伴うので、 経験豊富な医療機関・医師により適応を良く選んで慎重に行われるべきである。


2.診断の遅れ、専門医・専門スタッフの不足 による適切な治療や指導の不備

 欧米に比べ(有病率0.1 〜0.2 %)、 我が国では極端に患者数が少ないため(有病率0.003 〜0.006 %・推定数千人。 診断されずに埋もれている軽症例が多々あると考えられている)、 一般社会はおろか医師の間でも本疾患について十分に認識されておらず、 患者アンケートによれば発症(疼痛の発生)から確定診断まで平均10年である。

 痛みで寝込んでいた数日後にはケロッとしてスポーツや仕事も可能 といったように病状の波が激しいことも本疾患の特徴で、 脊椎・関節が特有の姿勢(脊柱後弯、股・膝関節屈曲位)が 見られない初期または軽症例では、 周囲から「心身症」あるいは「ナマケ者」と誤解され、 苦悩する若者が少なくない。

 従って、本疾患の社会や医師への啓発・普及が急務であり、 その結果、早期診断・早期治療が実現し、 初期からの患者の疾患に関する認識・理解と これに基づいた良好な療養姿勢が得られることにより、 濃厚な介護・ケアを要する重度の機能障害者が減少することは想像に難くない。

 我が国にはAS専門医はほとんどいないと言っても過言ではないが、 ASに比較的造詣が深く、また使用する薬物がほぼ同じである 「関節リウマチ」や「いわゆる膠原病」の専門医の診療を受けることが望ましい。


3.機能障害の特殊性と、 介護・ケアにおける対処法、留意点

  1. 特殊な病態・機能障害
     重度の肢体不自由となる例は僅かであるが、 軽症例でも大なり小なり脊椎の可動域は減少する。 患者の30〜40%が股関節や膝関節も罹患し、 脊椎の可動域減少と重なると起立位保持や歩行が 辛くなるので杖の使用が勧められる。
     そうすることが事故防止(転倒、衝突)の面からも望ましい。
     また、しゃがみ込み動作が困難となるので、全例で洋式生活を余儀なくされる。

     廃用性・炎症性の骨粗鬆症は必発で、 比較的軽微な外力でも折れ易くなるため、 転倒や落下、交通事故などには極力注意する。
     日常生活上、上肢に全体重をかけざるを得ない時も多いが、 その手が外れた時の頚椎過伸展による頸髄麻痺も 報告されているので慎重で緩徐な動作が望ましい。
     乗車時には、空気枕やスポンジをバックレストと 後頭部の間にはさんで、衝突時に頚椎に加わる外力を できるだけ和らげるよう工夫をする。

     患者会である「日本AS友の会」では、 事故・急病などで病院に救急搬入された場合を想定し、 治療・看護に際しての留意点や問い合わせ先などを記載した 「強直性脊椎炎CARD」を作って常に携行するよう指導している。


  2. 家具・寝具・自助具
     トイレも含めすべて洋式とする。
     股関節の屈曲制限が起こることが多いので、 椅子は、座面の高いものが座り易く、 また立ち上がり易くするために肘付きのものが望ましい。
     室内は転倒防止のため段差をなくし、 また低い位置のものをとる時のためにも、 できるだけ多くの場所に手すりをつける。

     脊柱は後弯(屈曲)位となることが多いので、寝具の工夫が必要となる。
     初期または軽症で脊椎の可動性が残っている場合には、 脊柱後弯変形の進行防止のために脊柱が伸展位となるよう 固く平らなものが良い(ただし睡眠が可能な範囲で)。
     進行して脊椎が後弯位(屈曲位)で強直した後は、 できるだけ柔らかい敷布団とし、適宜、枕や毛布、 あるいは上半身挙上が可能なベッドを使用し、 本人が最も楽に感じる肢位にして熟眠を図る。

     寝返りが困難な事が多く、その際には、 ベッドに比較的強固な手すりを付けるか、上方から紐を垂らして (整形外科用の牽引療法に使うフレームをベッドに取り付けると良い)、 これにつかまるようにすれば楽に寝返りができる。
     しゃがみ込み動作が困難なAS患者にとって、 各種リーチャー(市販の玩具でも十分)、長い靴べら、 靴下履き補助具などは、大きな恩恵を与える。


  3. 薬物療法その他の治療を受けるに当たって
     とにかく「全身が痛い!」のが本疾患の特徴であるが、 大部分が非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDs)のみでコントロール可能である。  しかし、あくまでも対症療法であり痛みを和らげるのみで、 それにより苦痛を減らして日々の活動性を高めるのが 目的であることを忘れず、従って、 痛みが自制内であれば無駄な投与は避けるべきである。
     同じ薬でも患者により鎮痛効果がまちまちなため、 効かなければ他の薬に適宜変更する。 痛みが軽減しないのに使用し続けることは「百害あって一理無し」 と考えるべきである。

     また、使用中は、副作用の早期発見のために 血液・尿検査、消化管検査や胸部レントゲン検査などを定期的に受ける。
     症状は、朝、特に起床時に強いことが多いので、 鎮痛剤を眠前に使用したり、また適宜、 睡眠剤も併用して十分に睡眠をとることが大切である。
     日中の活動開始を楽にするため、早朝の入浴も勧められる。

     実施してみて症状が和らぐなら、マッサージ、各種温熱療法、漢方など、 どのような治療・施術を受けても良いが、脊椎や四肢関節の柔軟性が減少し、 骨粗鬆症も併発する本疾患においては、 猛撃矯正のような激しいものは避けるべきである。


  4. 運動療法
     もともと可動性の少ない仙腸関節はほぼ全例で強直傾向を示し、 日頃の生活で汎用する(よく動かす)顎関節や指の関節が 強直することはほとんどないという事実が示すように、 “身体を動かすこと”は疼痛軽減や強直防止のために最も重要なことである。

     発熱や全身の疼痛など特に病状が重い時でなければ、 可能な限り歩行や関節運動訓練、体操療法などを積極的に行う。 身体を動かすことにより疼痛が軽減することが多く、 筋力や俊敏性の増強・維持による転倒防止対策としても意義あることで、 さらに精神衛生上も好ましい。


  5. 心理的ケア
     前述の如く、初期は特徴的な外見・徴候が見られず、 また病状の波も激しいため、周囲から誤解を招くことが多いので、 本人はもとより周囲の疾患に対する十分な認識・理解が大切である。
     完治は困難であるものの本疾患が直接的原因となって死亡することはなく、 一般に40歳をピークに病状が鎮静化傾向を示すので、 「病気が治ったら、機能が回復したら活動を開始しよう」ではなく、 病気とうまく付き合いながら、その時その時の病状に応じた 日常生活・社会生活を積極的に送っていくという姿勢を取るべきである。

     たとえ重症末期例となっても、適切な治療、 場合により人工関節全置換術によりADLや就労能はある程度保たれるので、 過度に悲観的にならないような心構え(指導)も大切である。
     患者アンケート調査では、約8割以上が多少の支障はあっても ADLは自立しており、約7割が就労している。 また、疼痛が生じた箇所すべてが強直する訳ではないことも 認識しておく必要があり、過剰な不安感や焦燥感を抱かないよう心掛ける。

     因みに、HLAのB27型陽性者の数%のみにASが発症するのであって、 B27型陽性、即AS・・・と考えてはならない。


  6. 公費助成
     近年、診断書作成マニュアルなどにもASについての 記載が見られるようになったが、身障者手帳、各種障害年金、 介護保険その他に関し、依然として本人や家族はもとより 医師でさえも情報・知識が乏しいので、 役所の福祉課やインターネットなどで積極的に情報を収集すべきである。
     現在、東京都のみ難病指定となっており、 医師の診断書(指定用紙は保健所に配備)を添付して申請すれば、 医療券が発行され、ASに係わる診療費のかなりの部分が免除となる。

     なお、患者会である「日本AS友の会」が平成3年に設立され、 本疾患の一般社会ならびに医学界への啓発、 患者同士の親睦(年1回の全国大会、年数回の地区懇親会)、 情報提供・交換(『強直性脊椎炎 療養の手引き』の無料配付や ホームページAS Webの開設 http://www.5b.biglobe.ne.jp/~asweb/)、 電話やFAXによる事務局医療相談、 会報の発行(年1〜2回)・・などの活動を行っている。

〔事務局連絡先…FAX. 0422-49-6817〕



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