思考の糧 食生活によって、毎日の疼痛をある程度制御できる 有名な格言に、「我々は食べ物によって作られる」というのがある。 しかし、強直性脊椎炎やその関連疾患に罹患した人々にとって、この格言 は曲解されるかもしれない。「食べ物は我々に苦痛を与える」と。 実際、シカゴに住むパトリック・ドネリーは、10ヶ月前に薬の種類を 変えるまで、特定の食べ物を飲食した後、45分以内にこわばりや痛みが 増強するために、病気にとって有害な食べ物があると感じていた。 症状を増強する特定の食べ物を突き止めるために、数日間から数週間、 食事日記をつけて有効に活用している人々もいるが、パトリックは そうしなかった。彼の食事日記には、牛肉、ビール、チーズがメニューに 載っていなかった。この事を彼は知るべきだった。 最近、本疾患群の薬物療法に大きな進歩があったにもかかわらず、多く の人々は、その侵襲、すなわち副作用を少なくしたいと思っている。 しかし、この状況は“食餌療法”を取り入れられる良い機会とも言える。 誰もが生きるために食べ物を食べなければならないのであって、そして、 特定の食べ物が、ある種の関節炎に重要な役割を果たしているであろう という、その可能性は知られている。今まではそれでよかった。 “食餌療法”とは何だろう、本当に有用なのだろうか? 一般的に、食餌療法とは、一つの、あるいは複数の食べ物を止めたり、 逆に摂取したりすることを意味する。止めるべき食べ物、あるいは 摂取すべき食べ物を知ることは、総合的に我々の健康にとって良いこと なのだろうか? そして、それらを踏まえた上で、食物アレルギー、偽性食物アレルギー 食物不耐性、食物感受性、食物過敏症、食物特異体質のような様々な問題 についても考えに入れておかねばならない。しかし、統一された結論を得る ことは難しい。 痛風や関節リウマチ(RA)が、特定の食べ物によってどのように悪い 影響を受けるかを証明するような十分なデータがあると仮定しよう。事実、 RAでは、絶食療法さえも病状に対して何らかの影響があるようである。 しかし、強直性脊椎炎およびその類縁疾患に関しては、全くわかっていない。 強直性脊椎炎に対する低澱粉食餌療法とは何か? クレブシエラ菌は、30年以上にわたって強直性脊椎炎の発症に関与する 可能性のある微生物として知られてきた。 ロンドンのリウマチ専門医で研究者であるアラン・エブリンガー医師は 1980年代初頭に、強直性脊椎炎に罹患した人々の腸管内のクレブシエラ菌が、 複雑な免疫反応を介して、本疾患の誘発・促進に関わっていることを指摘した。 彼は、特別な食べ物に注目することによって仮説を立てた。その特別な 食べ物とは、腸管内のクレブシエラ菌の量を減少させるものであった。 その結果、実際に、一人の患者で急性症状を減少させることができた。 それ以来、多くの人々がその食餌療法を試した。その食餌療法に信頼を おく者もいれば、そのような芳しい結果(症状改善)が得られなかったと 言う者もいた。 1996年、エブリンガー医師の論文(学説)を支持したある医師は、長期に わたり経過観察を行った一症例の病歴を発表した。この患者の赤血球沈降速度 (血沈)は1983年から1995年まで明らかな改善を示した。その期間、彼は 低澱粉食餌療法を続けていたのである。 血沈は、しばしば関節炎の活動性の指標として用いられる。しかしながら、 強直性脊椎炎における血沈値は、患者の症状、すなわち疼痛や苦痛の程度を 正確に反映していない。 エブリンガー医師は、この患者の血沈値の改善が食餌療法の成功を証明して いると強く信じていた。ただ、エブリンガー医師が、この食餌療法を行って いる最中、患者に薬を止めるよう勧めなかったことは注目に値する(症状の 改善が、必ずしもこの食餌療法によるとは言えない)。 また、彼は、この食餌療法によって、すべての患者に効果が見られた訳では ないと言っている。 その後の研究 1984年、ロンドンのミドルセックス病院の臨床医グループは、エブリンガー 医師の強直性脊椎炎に対する食餌療法の効果を再現(追試)しようと試みたが、 残念ながら、このグループは同じ結果を出せなかった。 この研究結果では、この食餌療法が、腸管内のクレブシエラ菌の繁殖抑制に 影響を与えたことを証明することはできず、従って、強直性脊椎炎の患者の症状 にもほとんど影響を与えなかった。これ以来、このような特別な食餌療法の追試 はない。 メリーランド州ベセスダでの会議で、最近、我々がエブリンガー医師と情報 交換をした時、科学的に綿密な食餌療法に関する研究を行うことは経験的に困難 であるが、将来そのような研究は必ずやられるべきであることを主張していた。 クレブシエラが強直性脊椎炎発症の張本人か? 動物に脊椎炎を人工的に起こす実験や、肥満に対して行われた腸管バイパス手術 (→腸に細菌が繁殖し易くなる)に四肢の関節炎が起こることを証明した研究結果 により、脊椎炎の進展には何らかの細菌が関与しているかもしれないことが示唆された。 また、腸管の症状を訴える患者に、脊椎炎や関節炎の症状が随伴する症例がある ことも、エブリンガー医師の理論を裏付けるものである。 一つの理論として、腸管壁の物質透過性(物質吸収性)の亢進によって食べ物や 細菌抗原が過剰に腸壁から血管内に吸収され、これらが血中に高濃度になることが 考えられる。 細菌やHLA−B27抗原がなんらかの影響を及ぼしたり、あるいは脊椎炎患者 によく使用される非ステロイド系抗炎症薬の長期使用、そしてこれらと他の因子の 組み合わせによって腸管の透過性の亢進が惹起された結果、病状が悪化するのでは ないか?といったようないくつかの説が出ている。 トロント大学のミリセント・ストーン医師とロバート・インマン医師による画期的 研究が、2001年に雑誌「Arthritis and Rheumatism」(関節炎とリウマチ:米国 リウマチ学会の有名な雑誌)に発表された。ただし、この研究では、強直性脊椎炎の 家族内発生(遺伝的素因を持つ)において、クレブシエラ菌がその発症誘因として 重要な役割を果たしているという結論には至らなかった。 しかし、脊椎炎患者と、その家族であるが強直性脊椎炎ではない人と、対照群として 家族に脊椎炎患者のいない人々との間で、比較研究を行ったという点で重要である (意義がある)。 理想的な食餌療法とは? 十分な栄養は、その人が慢性疾患を有しているかいないかに関わらず、その人の 健康や幸福に大きく関与するであろうことは誰もが思っていることである。十分な 栄養とは、豊富で新鮮な野菜や果物、穀物、そして適度のカルシウム、砂糖、塩、 脂肪、特に動物性脂肪を含んだ食餌ということである。 強直性脊椎炎に使われる種々の薬剤が、ビタミンやミネラルの吸収に悪影響を 及ぼすことがあることが知られている。例えば、強直性脊椎炎や乾癬性関節炎に 対して処方されるメトトレキサート(リウマトレックス®)は、 血中葉酸レベルを低下させる。従って、メトトレキサートを服用する場合には、 同時に葉酸を摂取しないと、アフタ性口内炎や脱毛といった副作用が出やすくなる。 その他に、強直性脊椎炎に伴う骨粗鬆に関しては十分なカルシウムの摂取が 必要であることは良く知られていることであり、また、喫煙と飲酒の強直性脊椎炎 への影響についても検討されている。 薬剤は、しばしば体重増加や体液貯留(浮腫)を引き起こすが、そのような場合、 補充的な食餌療法が有効である。しかし、食餌療法と強直性脊椎炎を巡っては、 様々な議論があり、まだ多くは、はっきり分かっていない。 患者パトリック・ドネリーにおける食べ物と脊椎炎症状の関連は、彼の主治医 であるシカゴのラッシュ・メディカルセンターのアレルギー専門医によっても 解明できなかったが、この反応は一般的なヒスタミンを介した反応が原因ではなく、 より本質的なもので、食生活の変更によって抑制(回避)できるものであること を証明した。 パトリックの経験は、自分自身の身体状態に耳を傾ける(心身状態に注意する) ことが、症状を改善するのに役立つことを示した良い例である。栄養は重要である。 今このときが、自分自身の食生活を把握・確認するときであるかもしれない。また、 中等度から重度の脊椎炎を治療するための薬の中に、実は、有害なものがあることを 覚えておくのも大切なことである。 脊椎炎に有効なことで実行可能なことはたくさんある。さらに、主治医のリウマチ 専門医が、仲間達との研究会に参加して、情報を交換しているかどうかについても 確かめることも大切である。 〔患者から届いた情報〕
〔ロンドン強直性脊椎炎食餌療法〕 強直性脊椎炎(AS)患者に対する低澱粉/高蛋白質食餌療法 以下の食物を減らす。 以下の食物を増やして蛋白質を豊富に食べる。 普通に摂取して良い 飲み物と香辛料には制限なし。 |