-- 強直性脊椎炎療養の手引き --------------------------------------------------

Q.6.医師に膠原病の一種と言われましたが、ASは膠原病なのでしょうか? 膠原病ってなんですか?

 ASと言われて、「どんな病気ですか?」と医師に問いかけると、 「まあ膠原病の一種です」と軽くいなされて、わかったような わからないようなまま何となく納得している患者さんが多く 見受けられます。

 1942年、Klemperer が、一つの特定の臓器にとどまらず、全身の 臓器に病変が及ぶ疾患の存在を提唱し、さらに、全身の組織に存在し、 その間を埋める結合組織のうちの膠原線維(こうげんせんい)という ものにフィブリノイド変性(日本語訳は類線維素変性(るいせんいそ へんせい))が起こるため、どの臓器が病変の主体をなすか特定 できない一群の疾患群を『びまん性膠原病』としたのが発端です。 免疫異常を基盤とし、筋肉や関節など運動器官の症状を呈することが 多い原因不明の疾患群をまとめて呼べる便利な言葉として、日本では この病名が頻繁に使われて来ました。

 『古典的な膠原病』と呼ばれるものに、『慢性関節リウマチ(RA)』 『全身性エリテマトーデス(SLE)』『全身性強皮症(きょうひしょう) (SSC)』『多発筋炎(PM)・皮膚筋炎(DM)』 『結節性多発動脈炎(PN)』『リウマチ熱(RF)』 などがあります。これらには、発熱・体重減少等の全身症状を伴う、 多臓器障害や多発関節痛を呈する、その病状は緩解と増悪を繰り返す、 一部に家族的・遺伝的素因を認める、各種自己抗体が存在する(本来なら 外部から進入した外敵に対して作られるべき抗体が自分自身の体内成分に 対して作られてしまい、結果的に体に悪影響を及ぼす)、などの共通点が あります。  ASも、発症には免疫異常が基盤となっているらしいということ、 またいわゆる『膠原病』に見られる病状をいくつか併せ持つことが多い ことから、「ASは膠原病である」、もしくは「膠原病の一種」とまでは 言えないものの「膠原病の親戚のようなもの」という表現がなされても あながち間違いとは言えないかも知れません。

 しかし、近年、膠原線維が病変の主体とするのは正しくないという 考え方が出てきて、『膠原病』という名称は適切ではない、 『リウマチ性疾患』と呼ぼうということになり、事実、『膠原病』と いう項目が教科書から消えつつあります。ASは『膠原病』と呼ばれる 疾患群の中には含まれていませんでしたが、この『リウマチ性疾患』 (アメリカリウマチ学会分類.1983年)の中には、 「脊椎炎を伴う関節炎」の項にしっかりと掲げられています。 このように、『膠原病』そのものに対する考え方も変わってきている のですが、医師の口から、まだまだ「ASは膠原病の一種」という 台詞がしばしば出てしまい、この『膠原病』という言葉に過大な不安を 抱いてしまう患者さんがいるのが現状です。
 『膠原病』というと「原因不明で治り難い病気」というイメージが 湧き、時には「なにやら怖い病気、生命を脅かす重い病気」とさえ 思い込んでしまっている人もいますが、ASでなく、本当の『膠原病』 と呼ばれる疾患であったとしても、決してそのようなことはありません。 確かに『膠原病』と呼ばれるもののごく一部では生命にかかわる程に 重篤となる場合もありますが、それとて治療法がどんどん研究・開発 されていますし、早期発見、専門医による適切な治療、そして本人の 努力があれば、今ではそうそう簡単に死に至る病気ではありません。

 いずれにしても、「日本AS友の会発足のしおり」の中で、日本AS 研究会の七川理事長により「ASはRAと並ぶ2大リウマチ性疾患 である」と述べられているように、私たちは、広い意味での 『リウマチ性疾患』の中のASとして強直性脊椎炎をとらえていきたい と思っています。

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Q.7.命にかかわる病気なのですか?

 ASそのもので死に至ることはありません。生命予後に関しては 良好な病気と考えてよいでしょう。

 ただ、直接死因とはならないのですが、長期間にわたり経過を 追跡して見ると、その生存率は一般健常者に比べてやや低い、すなわち 若干死亡率が高いという報告が外国では出されています。しかし、 この調査対象は、ASの中でも比較的重症例に限られていたようで、 患者の大部分を占める軽症例を含めたAS患者全体としては、死亡率は 一般人とほとんど変わらないと言われています。
 ただ、肋骨と脊椎の間の強直が進んだ重症例では、胸郭の運動制限 すなわち呼吸運動の制限が起こり、それが基盤にあると、特に高齢に なって呼吸器感染症(肺炎、気管支炎)に罹り易くなり、また治り難く もなると考えられています。その他、ASの合併症としての心疾患や 腎臓疾患、さらには長期にわたる薬剤(主に消炎鎮痛剤)投与が影響 しているかも知れない消化器疾患などの発生による死亡も考えられます が、いずれも非常に稀なものです。

 わが国では、多数のAS患者を長期的に追跡したという調査報告が 未だありませんので、日本において、AS患者が、果して一般の人に 比べると早く死亡する確率が高いのか否かについてはわかっていません。

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Q.8.一般的には、どんな病状経過をとるのですか?

 10〜20歳代に、腰背部の疼痛やこわばりから始まる例が多いとされて いますが、最近の調査によれば、四肢の関節(肩、股、膝、足など。 指の関節は稀)の疼痛や腫脹、すなわち関節炎の形で始まる場合も けっこうあるようです(全AS患者の40%はこの形で始まるという報告も ある)。一般に病勢のピークは20〜30代で、40代に入ると次第に鎮静し、 疼痛と入れ代わるように脊椎や時には四肢の関節の運動制限、すなわち 強直化が目立つようになります。つまり、疼痛や腫脹などの炎症徴候は 脊椎や四肢の関節の強直によって終わるということなります。いわゆる 実年期・老年期に入ると、炎症による激しい疼痛は減り、こわばりとか 倦怠感(けんたいかん)などが主体となります。
 以上は典型的なケースですが、このような経過をとらない場合も少なく ありません。多くのケースでは高齢になると胸腰椎はほぼ強直傾向となり ますが、頸椎の動きが保たれる場合も多く、また四肢の関節が完全強直に まで至る人もわずかです。最も重症なケースとして、20代前半で既に脊椎が ほとんど動かなくなってしまうこともありますし、一方、疼痛をほとんど 感じないまま40歳代後半になって体が硬いのが気になりだし、医者に行った ら既にASの終末像を呈していたなどといったケースも稀にはあるのです。
 このように、ASでは、個々のケースによって、疼痛の部位や強直の部位、 あるいは強直に至る速度、合併症の発生など、非常にまちまちな病像を 呈するのが特徴と言えます。寝込んでしまうほどの激痛があったと思うと 数日後にはケロッとしてしまうというのも、この病気の初期の特徴です。 激痛発作の時に救急車で病院に駆け込んでも、レントゲンで何の異常も 出ないため診断がつかず、数日後にはケロッとしてしまうということを 繰り返すため、心身症やヒステリー、あるいはナマケものなどと誤解されて 苦しむ若い患者さんが多いのもこの病気の不幸な特徴と言えます。

 また、一度炎症が起こって疼痛や腫脹が発生したからと言って、 その関節が必ず強直に至るという訳ではなく、一時は激痛があって も、一定の期間後、なんら機能障害を残さないまま治るということも 少なくありません。四肢の関節の一過性の炎症(関節炎)はAS患者の 50〜80%に起こると言われていますが、レントゲン写真で明らかな変化 (関節破壊や強直)が見られるほどに重篤な病状を呈するものは20% 以下に過ぎないという報告もあります。また、発症後10年経過しても、 レントゲン写真で股関節に異常が見られなければ、その後も股関節は 罹患しないという説もあります。

 診断されてから20年後の追跡調査でも、80%の患者はフルタイムの 就労が可能、38年後も92%の患者が身体機能をよく維持していたという 外国の調査報告が示す通り、重度の身障者となるケースはごく一部で あることがわかります。しかし、どの程度までの病像を完全強直に 至ったケースとみなすかの判断はむずかしく、また非常に長期の経過 追跡を要するため、正確な結論を出すための調査もなかなか むずかしいのです。

 また、我が国でも、52例のAS患者のその時点での病状に関する アンケート調査がありますが、それによれば、86.5%の人は職業に 就いており、ほぼ2/3の人が健常者と変わらずに就労が可能で、残りが 時々休むことがあるという回答だったようです。すなわちAS患者の 多くは、この病気の典型的終末像には至らず、日常生活や就労が可能な 状態でいられるということになります。
 ただし、これは、どんな職種であろうと、とにかく就労可能か否かと いう観点からの調査であります。高齢すなわち一般に言われる就労可能 年齢を過ぎてから強直に至るケースもあるでしょうし、また一方では、 脊椎強直に至ったとしても、仕事を選んでなんとか続けていられるケース もあるでしょうから、最終的に脊柱が完全強直に至るケースは、これらの 数値から受ける印象よりも多くなるのではないかと想像されます。

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Q.9.ASは伝染する病気ですか?

 ある種の細菌(ASではクレブシェラという腸内細菌などが考えられ ている)による感染がAS発症の一つの誘因となっている可能性が示唆 されており、これから、ASは人から人に移るのではないかという不安も 出てきます。しかし、ASは細菌の感染そのものによる病気では ありませんので、人から人へ病気が伝染するという心配は不要と言って 良いでしょう。家族内で2人以上ASが発生した場合は、伝染した のではなく、運悪くたまたま共通の遺伝的要因があって、それに加えて 後天的要因が重複してしまったと考えるべきでしょう。

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Q.10.何歳くらいから出る病気なのですか?

 中年までほとんど疼痛を感じなかったなどといった例外的ケースを 除き、後から振り返って考えて見れば、10歳代、遅くとも20歳代前半 までには、腰背部の筋肉痛、あるいは体表面から触れる骨の突出部 すなわち靱帯付着部の圧痛、さらには四肢のどこかの関節の疼痛や腫脹、 あるいはまたアキレス腱痛、坐骨神経痛などが出現していたはずです。 ただし、これらはASに特有の症状とは言えませんので、普通の人にも よくある腰痛や関節痛だと本人そして医師も思い込んでしまい、 見過ごされていることが多いのです。
 あるいはまた、何の前触れもなく急に激しい腰痛や坐骨神経痛 (ざこつしんけいつう)、大腿骨(だいたいこつ)の大転子(だいてんし)部 (ふとももの上部外側の骨のでっぱり)の痛みなどが出たかと思うと、 それが数日間(長い例は数ヶ月間)続き、その後はケロッと治ってしまい、 病院に行ってもまず正しい診断が下されないために、放置されていたと いう場合も多いようです。そして、それから数年後に痛みが激しくなったり、 あるいは持続するようになったり、さらには徐々に運動制限も加わり、 稀には後述するような虹彩炎(こうさいえん)などの合併症の発症により、 やっとASであることがわかるというのが、多くのケースにおける確定診断 までの経緯のようです。
 このように初期症状が個々の症例によりまちまちで不定であり、さらには 医師の頭の中にASという病気が浮かんで来にくいことともあいまって、 発生率が低いとされている日本に限らず、その10倍以上と言われる欧米諸国 においてさえも、診断が遅れがちになるのが普通です。診断がつくまでに、 患者は、「なんだかわからない全身の痛み」に悩まされ、また病気に対する 周囲の理解が得られないため、わがままとか大袈裟とか言われます。 あるいはまた、痛みのために動きが緩慢(かんまん)になったり、 後蛮変形(こうわんへんけい)のために人を上目使いで見たり、相手の目を 見ないで話したり、頚椎の強直のために会釈ができなかったりするので 横柄な印象を周囲に与え、誤解されてしまうといった不幸な経験するのです。 このような事態に鑑み、一般医および世間一般へのASという病気の啓発に 努めることも、「日本AS友の会」の大きな活動目的となっています。

 ところで、特殊なものとして、『若年性強直性脊椎炎(JAS)』と 呼ばれるものがあります。一般には、15歳以下で発症し、それ以上で 発症するいわゆる成人型のASとは病像が異なる傾向にあります。 このJASに関しては、未だ診断基準も確立されておらず、確定診断を 下すこと自体むずかしいものですが、HLA-B27型が高率に見られることや、 男性に多いところは通常の成人型ASと同じです。しかし、脊椎や 仙腸関節よりも四肢の関節、特に股、膝、足などの下肢の関節が侵される ことが多く、また虹彩炎、心疾患、肺疾患、腸疾患などの合併症が起こり 易いのが特徴と言えます。四肢の関節炎を呈すことが多いことから、 若年型の慢性関節リウマチ(JRA)との鑑別は困難であり、専門医による 入念な診察および経過観察により、初めて診断が確定されるものです。 なお、JASの治療、経過などは、通常のASとほぼ同じに考えて差し 支えありません。

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