いつかきっと ー1−






耳に入ったのは本当に偶然。
いや、ある意味必然?
でもそれは本人の口からではなく、他人の口からだった。

「たまたま職員室で聞いちゃったんだけど・・・」

休み時間の廊下で声を掛けてきた南の口から告げられたのは全く自分には初耳の事だった。


「亜久津、海外留学するんだって?」


一瞬、何を言ってるんだろう?と首を傾げてしまう。
誰が、どこに行くって?

「伴ジイがテニス留学の話持っていったって。お前それでいいの?」
「へぇ〜・・・・・」

まさに寝耳に水。

「・・・知らなかったのか!?」
「うん。」
そっかー・・・亜久津がねぇ。

南は俺と亜久津の仲を知っている唯一の人。
だからこうして心配してくれた。
「と、とにかく一回本人と話してみて・・・・穏便に済ませよ?」
「あ〜うん」
・・・・穏便って何?(笑)
まるでいつもは穏便に事が運んでないみたいじゃない。

廊下で別れてそのまま自分の教室に向かう。
通り過ぎた亜久津の教室の窓際で珍しく席についている亜久津を発見し、本日二度目の驚き。
(・・・・来てるし)
机に突っ伏したまま、きっと今頃は睡眠真っ最中。
声をかけようかどうしようか数秒迷って、足はそのまま自分の教室へと向かった。

何も今聞くことでもないし。
帰ってからゆっくり話そう。それがお互いにいい、と思うし。

ポケットから携帯を取り出して南に短いメールを送る。
『俺今日部活休み〜』
帰ってきた返事も短くてちょっと笑った。
『行って来い』

・・・・行って来い、って南ちゃん(笑)

「も〜格好いいんだからぁ」
「・・・・千石携帯に向かって独り言はやめてくれ;」
「いいじゃん?」
クラスの友達が隣で頭を抱えている。
でもさ、俺の不可解な行動って今に始まった事じゃないでしょうに。
慣れてよ。


授業中考えるのは亜久津の事。

何でテニス留学の話が来た事を黙ってたのか。
行くと決めてるのか、断ったのか。
何で伴ジイは亜久津にその話を持っていったのか・・・・



そこまで考えて、あぁ、と納得する。

もし俺だったら?

俺が伴ジイだっったらどうしてた?

あれだけの逸材を放っておいた?
・・・いや、多分放ってはおかない。もったいない。

そっか、そういう事かー・・・



この時ほど放課後が待ち遠しい日はなかった。






授業終了と同時に亜久津の教室に走る。
絶対まだ、亜久津はいる。
・・・変な確信。

「あっくーん、おはよー」

ほら、居た。

午後の授業は寝付くしたのか少し眠たげな視線でこっちを見ていた。
いつもの不機嫌な視線じゃなくて、ただ眠いだけの視線。

「ちょっと、もう授業終わったよ〜帰ろっ?」
「あー・・?眠ぃ・・・・」
寝起きでまだ頭の回転が鈍い亜久津を教室から連れ出す。
亜久津のクラスメイト的にもきっと俺達が早くこの場からいなくなってくれる事を望んでいる
だろうしね。



半ば強引に亜久津を引っ張りながらさっさと学校を後にする。
向かうのは当然のように亜久津のマンション。

「・・・おい、ちょっと待て。何でてめぇが一緒に俺ん家向かってんだ」
「何を今更?さっき言ったでしょ〜」
「あ?聞いてねぇよ」
言ってないもん。

そうこうするうちに亜久津のマンションまではもうすぐなんだけどね。
亜久津にしても言うだけ無駄なのは付き合いの中で悟っているとみえてそれっきり文句も
言わなくなったし。
ただ時々怪訝な顔でこっちを見るから、きっと気にはなってるんだろうな。
こいつは何を考えてるんだろう、ってね。

「何でそんなに眠かったの、あっくん」
「夕べ夜中に優紀が来て大変だったんだよ」
「優紀ちゃん?」
「新しいゲームが出たとか何とか言って騒がしいったらねぇ」
「あはは、優紀ちゃんらしいねvで、付き合ってあげたんだ?」
「あいつ、寝にいけねぇようにドアふざぎやがったんだぜ?信じらんねぇ・・・」

ちょっとその様子を想像して笑った。
まるで子供のような優紀ちゃん。
でもそれを否定できなくて結局付き合ってる亜久津。
ある意味最高の親子関係だと思うんだけどなぁ。

部屋に入るまでの何気ない会話。
前よりも口数が増えた亜久津。

些細な事だけど、この変化は嬉しい。

「で」
「え?」
「何か用事があったんじゃねぇのかよ」

リビングの亜久津のお気に入りの場所。ソファーの上でじっと俺を見た。
すごいなぁ、これが野生の勘ってやつかね。

キッチンで勝手に煎れたコーヒーとココアをテーブルに置いて向かいに腰掛ける。
どうやって切りだそう、なんて考える暇すらあたえてくれないんだからね、亜久津は。
コーヒーカップを手にして亜久津から視線をはずしたまま、まるで世間話のように一言
「テニス留学するの?」とだけ聞いた。
亜久津からの返事はすぐにはない。

きっと今頃必死に考えてる。
俺がどうして知ってるのかとか色々・・・・
でもね、俺から亜久津に言うことは一つだけなんだ。

「行くの?」
顔を上げてまっすぐに亜久津を見据えながらもう一度聞いてみる。


「・・・・行かねぇよ」


それが亜久津の答えだった。